警察の取り調べの体験談


蹴り上げられるスチールデスク

ビビッているのを見抜かれたとしたら。
まずはジャブを放ってくるはずだ。

机の下でこちらの脛を『オイ!』と軽く蹴ってきて出方を見る。

やはりビビッていると見れば、いきなり『ウソいうな!』とスチールデスクの天板をバシンッと手の平で打つ。

相手がビクッとしたものなら『ペラペラペラペラとウソばかりこきやがってよぉ!』と立ち上がる。

パイプ椅子は壁に向かって蹴飛ばされる。
勢いよく音を立てるもの計算ずくだ。

壁にいくつもある擦り傷は、刑事に蹴飛ばされたパイプ椅子によるものだ。

さらに『このやろうっ』とスチールデスクをつま先で蹴り上げて、さらに音を立てもする。

ここからが技術がいる。

『ふざけんな!』とわめきながらスチールデスクを下から膝で蹴り上げて浮かせて、同時に『オラァ!』と空中で天板をバシンッと叩いて押し下げる。[編者註39-2]

一瞬のうちに、スチールデスクを膝と手の平でコントロールするのだ。

床に叩きつけられたスチールデスクの脚は、ガシャーンと威嚇の金属音をほどよく響かせる。

すべての音には勢いがあるが、相手の体には物を当てないようにはしているのが現代的で巧妙かつ陰湿。

このスチールデスクのゆがみ具合からすると、新宿署には蹴り上げるのと叩きつけるのに熟練の技を持つ刑事が多いとみた。

机上のプラスチックの茶碗が空になっている。
さっき飲み干してしまったのを悔いた。

お茶が並々と入ったままだったら、スチールデスク攻撃の抑止力にもなっただろうに。

いや、壁の染みからすれば、お茶をぶちまけることくらいはするかもしれない。

まだいけるとなれば、人格攻撃もしてくるだろう。

『このクズ!』『ウジ虫野郎!』『犯罪者!』『気ちがい!』『卑怯者!』『ヤクザ以下だ!』といったあたりだろう。

恫喝攻撃もしてくるかも。

『サイタイ(再逮捕)して、ずっとここにいさせるぞ!』『キツイ刑務所にぶちこんでやる!』『長いこと臭い飯たべさせてやる!』あたりか。

まあ、それらの手口できても動じないが。
逆に出鼻をくじいてやる。

こっちは経験済みだ。
やりたいようにやらせん、と腹に力を入れた。

スチールデスクが体に当たった、と大袈裟に痛がってもいい。
警察が量刑を決めるんですかぁ、とすっとぼけてもいい。

暴言ですねぇ、と真っ当に応じてもいい。
このことは裁判で話しますので、と言ってもいい。

いや落ち着け。
略式命令の罰金刑なので、裁判などないではないか。

ここは刑事訴訟法だ。
たしか、公務員暴行陵辱の罪というのがある。
それを持ち出して公務員のあるべき姿を説いてもいい。

いやまて。
生兵法はいかん。
いかんぞ。
落ち着け。

当番弁護士を呼んでください、でいいか。
暴行と暴言を受けただけでいい。
取調中でも、弁護士接見の要求は拒めないはず。

「じゃあ、これで調書を書くぞ」
「あ、はい」
「営業を2月14日からはじめて7月4日になったと」
「・・・」
「逮捕容疑の日な。7月4日って」
「あ、はい」

攻撃に身構えていたのだが、係長は豹変することない。
手にしていたバインダーを伏せて置いた。

「ああ、もう、昼だな」
「・・・」
「書くのは、午後からだな」
「・・・」

腕時計に目をやったのだ。
分厚いファイルも閉じて、元のパイプ椅子の上に置いた。

「戻るか」
「・・・」

内線で若手が呼ばれた。
手錠をはめて腰縄を結わえ直す。

調べ室を出て、階段を上がり、通路を曲がり留置事務室へ。

鉄扉の脇にある呼び鈴を押して、場内からの覗き窓があくと「田中、戻します」と声をかけた。

「解錠準備異常なし!解錠!」と鉄扉はガチャリと開いた。

内心の意思に反して供述する必要がない

昼飯が終わると、すぐに取調べとなる。

スチールデスクに向き合ってから、すぐに係長はバッグを手にして、中から供述調書の用紙の束を取り出した。

係長は、しばらく考える表情を見せた。
バインダーのメモを見ながら頷いてもいる。

机上に置かれた供述調書の角を整えてもいる。

「逮捕容疑の7月4日のお客さんだけどな」
「はい」
「正直いって覚えてないと」
「ええ」
「しかし店は年中無休だったから、7月4日にも営業していたのは間違いないと」
「はい」
「だから逮捕の当日は、7月4日にそのお客さんが来たのだろうと思って、間違いありませんと認めたと」
「はい」

逮捕容疑を認めたのかを、なぜ改めて確かめるのか。

随分とまどろっこしい。
くどくもある確かめかただ。

内偵をしてすべてわかった上で摘発をして、こっちも最初から認めているのに。

手書きの供述調書

供述調書には、本籍地、氏名、生年月日、現住所、被疑事件がはじめに書き込まれる。

安物の黒軸のボールペンを手にしてた係長は、ぐいぐいと一気に書きはじめた。

3行ほどの一文が書き込まれた。

「じゃあ、ここ、最初に読むぞ」
「はい」
「ええ、平成16年、8月8日、今日な」
「はい」
「本職が、・・・これ、俺のことな」
「はい」
「ええ、本職が新宿警察署において、内心の意思に反して供述する必要がない旨を告げて取調べしたところ、次のように任意で供述した」
「・・・」
「この、内心の意思ってなんのことかわかるか?」
「はい」
「自分で違うと思ったことは違う、そうだと思ったことはそう」
「・・・」
「わからないことはわからない、知らないことは知らない」
「・・・」
「自分の思いを正直に話すということ」
「はい」
「俺が言ったから私もそう言ったじゃなくて、自分でそう思ったからそう言ったってことだな」
「はい」
「任意で供述したって意味はわかるか?」
「ええ、自分からってことです」
「そう、無理にとか、強制ではないってこと」
「はい」
「話したくないことは、話したくないでかまわない」
「はい」

係長は前置きしてから、供述調書の上にペンを立てた。
ぐいぐいと書いていく。

話し言葉の短めの一文で供述調書は書かれる

本籍、氏名、生年月日、被疑事件名、職業、現住所が最初に書かれる

係長は5行ほど一気に書いた。

癖のある字は整ってないが、書き慣らした字体ではあった。
筆圧は高い。

「ちょっと読むぞ」
「はい」
「私は、黙秘権があることを、刑事さんから説明を受けて十分に理解しました」
「はい」
「今日は、店の営業をはじめてから、逮捕の当日までのことを正直にお話したいと思います」
「・・・」
「なにか変か?」
「いえ、とくに」
「じゃ、これでいいな?」
「ええ」

再度、ボールペンは握られて書き込んでいく。

2行か3行を書いてペン先が迷うと、バインダーのメモに目をやってから上を向いて少し考えたり。

自分にいくつかの質問をして確かめて、ひとり合点で頷いたり。
それらを繰り返して書き進めていく。

自分はそれを見てるだけ。
ひとつの段落まで書き進めると読み聞かせをして、内容に間違いがないか確かめもする。

おおよそ以下のような文体と内容である。

営業をはじめたのは、今年の2月14日です。
バレンタインデーと同じ日だったので、はっきりと覚えています。

営業時間は、朝の10時から夜の12時でした。
毎日、時間の通りに営業してました。

定休日はありませんでした。
多くのお客さんが来店しており、1日でも多く営業したほうが儲かると思ったからです。

短めの一文の、話し言葉で書かれている。
句読点は多めのようである。

日常では使われない言い回しもない。
難しい熟語はない。

辞書が必要な漢字も使われてない。
法律用語も警察用語の類も一切ない。

5月になると、店に刑事さんがきました。
違法営業になるというのです。

そして、私は、新宿警察署に呼び出しを受けました。
5月8日だったと記憶してます。
そのときに、生活安全課の方から説明を受けました。

そして、店がある歌舞伎町では性風俗の営業をしてはいけない、と法律で定められていると知ったのです。

そこで、私は、廃業します、という内容の誓約書を提出しました。
しかし、私は、店を廃業することなく営業を続けました。
どうしてかというと、生活をするためです。

簡単すぎて小学生の作文にも似た文章でもあった。
が、書いている係長は一心不乱という形相。

2月のオープンから5月の警告に触れて、8月4日の摘発の日までの経緯が5枚の調書にまとまりかけていた。

「ですます」の独白調の文章の供述調書

こうして文章になってみると、かなり行動が短絡的な気がしないでもない。

例えば営業を続けたのは「生活をするため」という部分だ。
それに近いことも一言もいってもないし、確かめられてもない。

係長が勝手に書いただけだ。
しかし、全く間違ってはない。

確かに生活をするために営業をしていた。
でもそんなこといったら、すべての商売は生活のためになってしまう。

まあ、今は細かなことはいい。

小さな間違いもある。
警告によって違法営業と知ったという点という部分がそうだが、自分にとっては不利とはならないので、それはそれでいい。

私は、「店で働く女性には違法ではない」と説明していました。
どうしてかというと、安心して働いてほしかったからです。

このままでいいのか、とも何度か考えましたが、先ほどいったように生活があるので、廃業するわけにはいきませんでした。

そうして、8月4日の逮捕の日まで営業を毎日続けていたのです。

逮捕されたときには、刑事さんから逮捕状を見せてもらいましたが、7月4日にも営業していたのは間違いなかったので、その場で容疑を認めたのです。

逮捕の直後に作成した “ 弁解録取書 ” を補足する内容ともいえる。

調書が締めくくられたのは、6枚目になってからだった。
ボールペンを置いた係長が、もう1度、最初から読み聞かせをする。

取調べの調書は簡単な書類をつくるだけ、と竹山が話していたのを、簡単な文章は思いださせた。

係長が勝手に書いた部分もあるし、小さな間違いもある。
そもそもが “ ですます ” の独白調で自ら話してない。

一言一句まで突き詰めれば供述調書の通りに話してなどないが、特には不都合はない。

終わりの一行の次に署名をして指印したときには、ほっとする気持ちが確かにあった。

黙秘をさせない手口

自分の署名のあとに、係長も署名をする。
カーボン紙を挟んで、<新宿警察署 司法警察員 巡査部長 渡辺一夫>と署名された。

気も緩んだ。
どんな手口で取調べされるのかと、あれこれビビッて考えすぎていた。

前回に逮捕されて受けた取調べは刑事課の強行犯係だったし、法律もよくわかってないのを見透かされて、あんな荒い取調べとなったのかもしれない。

自分も20代の若者で元気だったし、突然の逮捕で動揺していたのも、余計に取調べがややこしくしたのもある。

係長は肩でも凝ったのか首を回している。

「今日はこれで終了にして、続きは明日にしよう」
「まだ、あるんですか?」
「うん。明日は、営業方法についてかな」
「わかりました」

壁掛けの内線で若手が呼ばれた。
手錠をはめて腰縄を結わえて、2階の留置場に戻る。

房内に入ると「おつかれ」と205番から声がかかった。

調べがない205番は、日中は房内で過ごしている。
長い間、ほとんど調べもなく留置されている。

自身の調べは終わっているが共犯者が多いので、すべての捜査が終わるまでは再逮捕が続いて留置されるのだった。

が、他人のことにはかまってられない。
疲れた。

夕食までは、なにをするでもなく床に仰向けになっていた。
係長の手口に引っかかってしまった気がしてならない。

黙秘を回避する手口だったのかも。
ささいなことから認めさせて、取調べの初っぱなから黙秘させないようにしたのかも。

とはいっても、オーナーの存在以外は黙秘することなど何もないし、まあ、いいかと天井を見ていた。

– 2020.7.29 up –