松本はるか、21歳、歌舞伎町の性感ヘルス、スカウトしてから1年後に


スカウトできた瞬間というのは記憶に残る

2ヶ月程前。
平日の日が沈みかけた時刻。
天気がよくて、午後からスカウトしていたが、不思議なことにやる気があるときにはアガらないものだった。
8人ほどは足が止まったが、AVの話などは早々に、ぴしゃっとした断わりで立ち去さられている。
『今日はダメかもしれない・・・』と頭によぎるのを振り払ってばかりいる。
スクランブル交差点付近をウロウロ。

アルタビジョン
アルタビジョンと観月ありさ

前方からレディーススーツのOLが歩いてくる。
こちらが歩調を緩めると、向こうもチラッと敏感に目を向けた。
軽く手を挙げて立ち止まる。

「どーも」
「・・・」
「ちょっといいかな?」
「・・・」

目を反らした彼女は、弧を描くように遠回り。
パンプスの踵の音が、気のせいか大きく聞こえる。
ま、こんなもんか。
それから東口交番の付近を、さらにウロウロ。
前方から、うつむき加減の女のコがくる。
綺麗に染めた茶髪はサラサラで、カットソーの腕は細い。
ちょっと距離はあるが、人通りが切れている。
歩を進めると、こちらに目を向けた彼女。
軽く手を振りながら言った。

「どーも」
「・・・」
「ちょっといいかな?」
「・・・」
「あやしい者ですけど」
「・・・」

無言のまま俯いてはいるが、口元には笑み。
足元はヒラリとして、すり抜けるようにして体ひとつ分抜けて、もう追いつけなかった。
まあいい。
それから、アルタ前広場をウロウロ。
駅出口の階段から、金髪の女のコが上がってきた。
スウェットのタイトなワンピースの胸が大きい。
2歩3歩と大股で近づくと、気配がわかったらしく、少しこちらを見てきた。
同時に軽く手の平を挙げる。

「どーも」
「・・・」
「ちょっといいかな?」
「・・・」
「歌舞伎町いくんだ?」
「・・・」

全く表情も変えずの無視。
5歩か6歩ほど合わせて進むが、微動だにしない無反応。
自分は立ち止まり、スウェット地が張り付いたお尻を見送る。
はぁぁ。
やる気マンマンでスカウト通りに来ただけに『今日はダメかもしれない・・・』と頭によぎるのも多くなるようだった。
そして百果園の近くに立っている。
信号が青になると、交差点に通行人が散らばった。
散らばった通行人を目で追っていると、見覚えのある横顔が通り過ぎた気が。
前にスカウトした女の子だ。
名前は、はるかだったか。
本名は、松本はるか。
AVでは、葉山つばき。
しっかりと覚えていた。
彼女は、東口に早歩きで向う。
こちらも早歩きで追い付いた。
後ろから肩口をツンツンしたが、全くの無視をする素振りで、避けるようにさらに早歩きに。
自分も合わせて、歩を進めた。

「オレだよ」
「・・・」
「田中だよ、はるかだろ?」
「・・・」

少し大きめで声をかけると、彼女はこちらを向いた。
目が合うと同時に、「あぁ~」と目を見開く。
やっと早歩きの足は止まった。

「久しぶり」
「あー、田中さん、久しぶりです」
「どのくらいだろ?・・・1年以上は経つかな?」
「・・・うん、そのくらいですね」
「いま、見かけてさ、あれっ思ったから」
「・・・いま、何をやっているんですか?」
「いやぁ、相変わらずスカウトしてるよ」
「そうですか・・・」

そのとたん、彼女の目に戸惑いが浮かんだのがわかった。
1歩引きながら距離を取って言ってきた。

「わたし、今はやらないですよ」
「そんなつもりで声かけたんじゃない」
「・・・」
「久しぶりだったからさ」
「・・・」
「それにオレは、見境なく脱ぎを勧めてるわけじゃないよ・・・。ダメッって言うコには、そういう話はしないし」
「・・・」
「なんだよ。オレがまた脱いでみない? とでも言うと思った?」
「・・・うん。思った」
「そうか。とりあえず謝る。すみませんでしたぁ!」
「フフ」

彼女をスカウトしたのはハッキリと覚えてる。
いや、彼女に限ったことではない。
スカウトできた女のコの最初の瞬間というのは、思い出すとなぜかハッキリと記憶に残っている。

東北女性はAV女優として最強

初夏の頃のアルタ前広場を、彼女は歩いていた。
ホットパンツに、厚底サンダルというのも覚えている。
斜め後ろからツンツンすると、肩越しにチラッと、こちらを見る素振りをしたことも。
「ちょっといい?」と手を前に出しながら横に並ぶと、彼女は歩調を緩めながら自分の目を見た。
表情は明るく、警戒はしてない彼女に、「あやしい者なんだけど・・・」と言うと、人懐こい笑顔を見せて、どちらともなく足が止まった。
折をみて切り出す「AVだけど」というアプローチにも、好奇心が強いのだろうか、引く様子もなかった。
ひょっとして風俗経験者か?
「実は、もうエッチなバイトしてるとか?」と振ると、歌舞伎町の性感ヘルスに在籍してることを彼女は言った。
友達の紹介で、風俗未経験のまま入店したとのこと。
当時、彼女は20歳の大学1年生。
西武沿線に1人暮らしをしていた。
後日に連絡を取り合い、好奇心が先行したままの状態でAVプロダクションに向かった。
バレが気になるという彼女に、マネージャーが説明する。

「バレるときは、もう、こんな、米粒くらいの顔がパッケージに載ってもバレるんです」
「え、そうですか?」
「そうですよ。なんでか知ってます?」
「いいえ」
「自分から周りに話すからです。AVに出てるって知っていて、その本人を探そうと思って見ているからわかるんです」
「あ、はい」
「なにも知らない人には、わからないものですよ」
「あ、はい」

あとは実例で、すでに所属している女のコの宣材写真と発売されたパッケージの見比べをして、メイクでガラッと変わるというのをわからせればいいだけだった。
登録用紙に記入して、後日に宣材を撮る予定に。
ここからは、マネージャーに任せることになる。
これから店に出勤するという彼女と、歌舞伎町に向かいながら話した事も記憶にある。
ホットパンツに厚底サンダルがお気に入りの彼女は言う。

「わたし、太モモを脂肪吸引したんだよ」
「・・・ちょっと見せて。・・・うーん、わからないな」
「ここに少し痕があるでしょ。・・・内側に」
「アッ、ここ?ここから吸い取ったんだ」
「そう。150万かかったんだよ」
「そんなに取られるんだ。じゃ、オレなんか1000万くらいかかっちゃうな」
「ほらっ、太モモつけると隙間ができるでしょ」
「・・・うん、できる」
「まえは隙間ができなかったの」
「風俗の稼ぎは、全部これに突っ込んだだろ?」
「でもね、わたし、小さいときから足が太いのがコンプレックスだったの」
「うん」
「それがなくなったから、150万でも安いと思ってるよ」
「そういうもんか」
「まだ、海外旅行にも行きたいし」
「がんばれよ」

ちょうど今が風俗にハマッてるな、と感じさせる話しぶり。
AVも稼ぐコになるのではないか・・・、という感触をうけた。
いうほどバレの心配もしてなかったし。
NGもそれほどなかったし。
あともうひとつある。
年齢確認のパスポートを覗いた時に、出身地が宮城県となっていたこと。
これはちょっと補足が。
AVプロダクションに所属する女のコを出身地別でみると、全国的に散らばっていてる。
関東エリアが若干多いのはあるが、近場で人口があるからというのを差し引くと、どの地域が目立って多いという偏りはない。
しかし、所属してからは違う。
AV出演をしっかりとこなしていく女のコは、東北地方の出身が目立つ。
これは自分だけの所感ではなくて、何人かのマネージャーに聞いても共通した。
仮に統計を取っても、そうなるのではないか?
だからといって東北地方の女のコが、性に関してただれてるという訳ではないし、お金欲しさという訳でもない。
むしろ逆で、性に関してただれてないし、お金欲しさも感じさせない。
なんといっても、AVといえども真面目に取り組むのだった。
律儀なのは確か。
頑張り屋でもある。
現場でのウケも良いし、予定も入るようになる。
だから東北女性が、最強AV女優の一角を占めているのには気がついていた。

テレビはギャラが低い

後日、マネージャーから彼女の宣材写真を見せてもらった。
裸の彼女は、自信がありげな笑みをしている。
半身になって、背中を反らして、お尻を突き出して、太腿を見せつけるようなポーズが一番よかった。
事務所の月間予定のホワイトボードには、やはり思った通りに、メーカーから撮影の予定が書き込まれていた。
彼女はギャラの安い仕事も受けるし、打ち合わせもキチンとしてるし、なにより時間も守るとのことだった。
マネージャーにとっては、予定をいれやすい。
彼女はAVのことは誰にも話すことはなかったし、実際にやってみてバレることもないと感じたのか、5本目くらいからはパッケージもOKとなった。
撮影にも慣れてくると、野外露出も乱交も、やがてはSMもアナルも解禁となっていった。
久しぶりに彼女と会ったのは、テレビロケの入れ込みだった。
ゴールデンタイムのバラエティー番組で『援助交際のゆくえ』というコーナーのテレビロケ。
そのコーナーで、援交をしてる女子高生という設定でインタビューに答える、という内容だった。
別の女のコになるけど、以前にもこんなようなテレビロケの入れ込みがあった。
女優の広末○子がシャワーを浴びた後の背中という役で。
ドラマの中で脱いで背中を見せるという設定はいいのだけど、現場では一切脱げないと芸プロが言っていると。
それなんで、その女優の代わりに、脱いで背中だけ見せるというのをやってくれませんかと制作会社。
広末○子が脱いだ背中だと思って皆ドラマを見ているのが、実は自分がスカウトした女のコだなんて面白い。
しかしテレビはギャラが低い。
ギャラの支払いがとっぱらい(当日払い)でないことも多いし。
通常は断るが、今回はとっぱらいだし、彼女が受けたので予定したとのこと。
その日は、自分が入れ込みを頼まれて引き受けた。
マネージャーはAVの現場の入れ込みが重なって体が空いてなかったし、彼女だったら絶対に飛び(バックレ)はない。
入れ込みは、挨拶と集金するくらいだった。
彼女は時間通りに、集合場所の赤坂の信号に姿を見せた。
通り沿いにロケバスが3台ほど止まっている。
多くのスタッフがせわしなく動いていた。
ディレクターに会い、ギャラを受け取り、領収証を渡す。
進行表を渡され、スタッフに案内されて、彼女はロケバスで待機することになる。
自分も一緒にロケバスに乗ってみた。
ロケバスの中で芸プロのマネージャーが話しかけてきた。

「わたし、●●の●●と申します」
「どーも、丁寧に。田中と申します」
「どちらの・・・?」
「ウチはアダルトです」
「エッ、そうですか」
「はい」
「ちなみにアダルトっていうのは・・・」
「もう、ずばりAVです」
「そうなんですか」
「今日は、あのコ・・・、援交のインタビュー役できました」
「そうですか・・・。あのコが・・・。AVに結構出ているんですか?」
「もう、10本ほどですか」
「そうですか・・・。アッ、名刺を・・・」

彼は名刺を差し出し、興味深そうに、いろいろと尋ねてきた。
その後は、ロケ弁を食べて、バスで都内を移動した。
この時は、彼女とどんな話をしただろうか。
思い出してみると、カレシのこと、遊びのこと、店のこと、客のこと、を話していた。
決まりきってる内容なので、特に記憶にない。
暑い日だったのと、弁当が旨かったのを覚えている。

母親だけは本人だとわかる

だけどテレビは余計だった。
余計な仕事だった。
この番組が親にバレることに。
時間にして1分足らずだったが、ゴールデンタイムの番組だからか。
たまたま見ていた母親から、すぐに電話がきたとのこと。
似ている別人だと否定をしても、母親は確信していたという。
いくら高校生のふりをしていても、メイクをしてようとも、短い時間であっても、母親だけは本人だとわかるものなのだ。
AVこそはバレなかったのだけど、そのこともあったからか、彼女は事務所を辞めたいと言い出して仕事を受けなくなった。
マネージャーから相談されたが、そうなったら引きとめようがない。
自分はノータッチで、マネージャーに任せた。
今後3年間は他の事務所に所属しない、という約束で彼女は辞めた。
彼女は律儀に「辞めました」と連絡してきた。
話すのはそれ以来だった。

「あれから、どうしてた?・・・店は続けてる?」
「ううん。・・・事務所やめたでしょ。あれからすぐに店もやめたの」
「そうか。それにしても、全然見かけないね。西武線でしょ?」
「うん。いつも、サブナード(地下街)通ってるから」
「なにかあったんだろ?」
「そういうわけじゃないけど」
「そっか。なにか飲むか?」
「エッ、いいですよ」
「冷たいな。久しぶりに会ったのに」
「わたし、けっこう忙しいんですよ」

対応は冷たいが、少しの笑みはある。
ホットパンツでも厚底サンダルでもない彼女。
細めではないジーンズに、歩きやすそうなスニーカーだ。
アルタ前広場の前の鉄柵を指差し「少しだけ座ろう」と自分が腰を下ろすと、彼女は隣に座った。

「わたしね、風俗と事務所やってるときから、なにか・・どうかな?って思うときがあったの」
「うん」
「いくらわたしが稼いだといっても、自分の能力で稼いだわけじゃないし」
「そういうものか」
「そうだよ。・・・お客さんにサービスするときは、人格なんかないんだよ」
「・・・うん」
「店の女のコと一緒にいるときも、どうかな?って思うときがあって・・・」
「どういうときに?」
「うーん。電車に乗ってるときに、店の話を始めたりとか・・・。あと、ムダ遣いするコとか・・・」
「たしか、エステで150万使った、とか話したね」
「あのときはね。・・・わたしは、こうしたい!!って思っちゃうから、人の話なんて聞かないのよ、ああいうときは」
「うん」

確かに当時の彼女は、どこか落ち着かないフワフワ感があった。
今の彼女の話し振りは、そのときの彼女にはなかった。
ゴテゴテした化粧もなくなっているし、別の人と話している気もするほど。

「お店のお客さんだった人でね」
「うん」
「サラリーマンの人なんだけど、その人だけは今でも連絡を取って、時々食事したりするの」
「うん」
「その人はね、君はこの仕事は向いてないって言ってね」
「うん」
「わたしが、もう風俗を辞めたといったら、すごく喜んでくれて、今でも相談に乗ってくれるの」
「うん」
「店長も最後の日に、おつかれさま、もう戻ってくるなよって言って、おめでとうって花束くれたの」
「いい店長だったね」
「わたし、やっぱり辞めてよかったんだって。・・・泣いちゃって」
「・・・」
「だから、もう絶対やらないんです」
「いい店だったね」

彼女の人柄もあったのだろう。
どこか殺伐とした、妙に壊れた人間も多い風俗を、彼女はいい形であがったなと感じた。

「田中さんは、いつまでこういう仕事を続けるんですか?」
「オレか・・・。オレは、食うためだから・・・」
「ほかの仕事すればいいじゃないですか」
「うーん、そうだね」
「田中さんだからできる仕事というのもあるはずです。そういうこと考えたことないんですか?」
「でもな、今から就職もできないしな」
「できますよ」
「そうはいっても、オレは経歴がわるいしな。中卒だし。なにか資格があるわけでもないし」
「いいわけです」
「ま、でも、オレは女のコが好きだからね」
「だからって、こういう仕事はやめたほうがいいですよ」
「なにオレに説教してんだよ、・・・オイ!」
「キャー!」

おどけて彼女の首根っこを軽くつかんで、2人で笑った。
なぜかそれだけのことで、一頻り笑えた。
「あーあー」と、どちらともなく笑い終えたあとは、少しの間の沈黙になった。

なぜAVがいけないのか?

アルタの大画面から流れる大音響と、雑踏からの嬌声が響く。
彼女は自分のやったことを、後悔してるのだろうか?
もしそうだとすれば、自分からは何と話せばいいのか。
しばらくして彼女が言う。

「わたし、家庭教師をやっていて、3人に教えているんですよ」
「そんなイメージ出てる」
「今度、教育実習もあるんですよ」
「先生になるんだ?」
「うん、だから忙しいんですよ」
「そうか・・・」
「わたし、回り道したけど、それで本当に自分のことを考えることができたんです」
「うん」
「たしかに贅沢なんてできないですよ。でも今は充実してるんです」
「そっか。聞きたいけど、なんで、あのとき脱ぎの仕事したんだろう?」
「うん。・・・無目的、・・・だった」

いじわるな質問に、彼女は視線を地面に落として、ポツリとした感じでいった。
今、考えてから言ったのではなく、すでに彼女自身で出していた答えを口にした、という様子に見えた

「田中さんって、本読む人ですか?」
「少しね」

彼女は地味なバックから、厚いシステム手帳を取り出すと、なにかを書込んだ。
文字を書く仕草が、なんだか先生の姿に見える。
そして「これ、読んで下さい」とページを破いて渡してきた。
聞いたことがない著者、・・・たぶんなにかの学者なのだろうけど、その著者と本のタイトルがメモしてある。
メモの字が達筆。
もともと勤勉なんだ。
本のタイトルの下には、彼女の新しい携帯の番号も書かれていた。

「これを読めば、なぜAVがいけないのかわかります」
「うん、読む。読んだら電話する。で、感想を言う」
「ちがう仕事をするきっかけになるかもです」
「まいったなぁ。そう言われてもな・・・」
「そういうことも、これから考えてみたらどうですか?」
「いや、先生に怒られてるみたいだなぁ」
「フフ・・・」

一瞬、この日記を彼女に読んで欲しい・・・、と思ったが、言わなかった。
田中さんという、アホなスカウトマンがいた。
彼女のなかでの自分の存在は、この程度でいいじゃないか?
先生らしい口調の彼女は、しばらくして帰宅の途についた。
その後は、なんだかムネがモヤモヤして、女のコに声をかけることができなかった。
彼女の変わりように、ちょっと驚いたからだ。
生脚のホットパンツも細めではないジーンズも、化粧が濃いのも薄いのも、どちらでも似合ってるのだけど、今の毎日のほうが充実してるのが伝わった。
なぜAVがいけないのか、その本を読んでわかるのだろうか?
アルタ前広場の人通りを眺めて、ちょっと読んでみようと紀伊国屋に向かった。

電話するなという流れ

数日後になって。
智子のウチに泊まりにいく。
はるかのことを話すと、智子は本をゴソゴソを探し出して、手にした文庫本をペラペラとめくり、「ホラッ」といってあるページを出した。
誰かのエッセーだろうか。
《 道草 》という題名だった。
道草はするなといわれる。
しかし誰もが道草をするもの。
道草に目的はないが、そのときだけは自分だけの時間になる。
詳しくは忘れたが、そんな内容だった。
道草か・・・。
はるかは「回り道をした・・・」といったが「道草した・・・」とも考えれば、誰でもあることの気がしないでもない。
たとえAVであっても。
人のモヤモヤを、うまく着陸させる読書家の智子だった。
やはり、人から薦められた本は読まないといけない。
しっかり読んで、はるかに電話もしないといけない。

そして、今日。
夏の1日だった。
梅雨も明けてないのに、暑い日が続いてる。
サブナードにあるトイレに寄ったとき、はるかが少し目の前をスッと通り過ぎた。
まっすぐ前を向いていて、自分に気が付くことなく、西武新宿駅に歩いて行く。
やはり普段は、サブナードを歩いているんだ。
うしろ姿を見送ると、彼女の前途を祈りたいような気持ちというのか、・・・といっても自分の利益のことしか祈ったことがないのでわからないが、複雑な気持ちになった。
彼女がメモした本は、まだ買ってもない。
メモを渡されたあとに紀伊国屋に向かう途中で、目の前から来た女のコに声をかけたら足が止まったのだ。
おっぱいが大きい女のコだった。
そんなときに限って、にこやかにAVの話を聞いてくれもする。
本など後回しになった。
読むなということなのだろう。
それにAVがいけない理由なんてどうでもいい。
道草なんだ。
自分だけの時間なんだ。
なにかひとつぐらいは得るものもある。
それが何なのかは、自分で気づくしかないけど。
彼女の後ろ姿を見送ってから、そこまで自力で考えただけ。
手帳に挟んだままになっていた彼女からのメモは引き抜かれて、ゆっくりと指先で丸められて、通路の隅へと飛ばされた。
電話もするなということなのだろう。

– 2003.3.27 up –