『このバカ女!』
1年で、いちばんに寒い季節になっていた。
のぞみから電話があったのは、やはり支払いに関してだった。
スカウトしたときから5ヶ月経っていた。
もう19歳にもなっていた。
午前中の歌舞伎町の、乾いて冷めた空気嗅ぎながら、待ち合わせ場所に向かう。
下を向いて足早に歩いて、彼女が自身で気がつき話した『充実感』と『達成感』のことを思い出したりもした。
コマ劇場の前にいた彼女は、自分が姿を見せると、いつものようにニコッと笑顔を見せる。
いつでも誰にでも、この笑顔を見せるのだろうか。
笑顔に応えながら、さっそく支払いの話になって、内心はすでにうんざりしていた。
「今日、業者に支払いがあるけど払えなくて・・・。そしたら、2でもいいから振り込むように言われて・・・」
「2もないの?」
「お店行けば、大丈夫だけど・・・」
「いま、いくら借りてる?」
「60」
「60もよく貸してくれたな」
「うん、系列店紹介されて」
「30づつか?」
「ううん。10づつ6件」
「カレシのカケは?」
「明日、最低でも10は払わないと・・・、あぁぁ!今の店稼げない!」
不機嫌そうに顔をしかめて言っていた。
ときおり見せていた笑顔と落差があって、その分、おぇぇっと吐き出すような下品な表情に見えて、今の彼女の本性のようでもあった。
途端に自分の意識の奥にある闇の部分に、彼女が一気にズカズカと踏み込んできたような気がした。
その反動で、その闇の部分に、自分が襲われるような感覚が興った。
どことなく胸が苦しいような衝動。
胸が呼吸で大きくなってくるのが自分でわかる。
エリとのことが根底にあるのもわかっていた。
このバカ女。
のぞみはそういう女なんだ。
あのエリも “ そういう女 ” だった。
うじうじ男の経験
エリと知り合ったとき。
自分は22歳だった。
デパート店員の彼女とは、自分の当時の仕事がらみで知り合った。
最初は、それほどタイプとは感じなかった。
ニコッと笑うと妹みたいな可愛らしさ・・・というのが印象だった。
自分も漠然とカノジョが欲しいと思っていたからか、どちらともなく自然と付き合いが始まり、ウチに泊まりに来るようになった。
付き合ってみると、とても気持ちの素直なコだった。
お盆休みの予定を決めるとき、エリは「ウチ来る?」と聞く。
彼女の実家は、千葉県の内房。
房総半島の先端の館山市を境に、内房が東京湾側で、外房が太平洋側。
エリが「歩いて5分で海だよ」と当たり前のように言う。
自分は海がないところで育ったので、歩いて5分で海と聞いただけで行きたくなった。
当日は、よく晴れた夏日だった。
建設途中の高速を降りてから国道を走り、いくつかのカーブを曲がったとたんに目の前に海が広がる。
これは何色というのだろうか?
コバルトブルーというのか?
胸がスーとなるのを感じた。
「賢さんって、魚卸せる?」
「包丁は使えない。なんで?」
「お父さんがね、魚も卸せない男とは付き合うなって言っていた」
「魚屋だったけ?」
「うん」
そうか、エリの親父さんと会うのか。
マヌケなことに、それほど深くは考えてなかった。
まず、エリの母親に挨拶した。
親父さんは夕方に仕事から帰ってくるとのことだったので、さっそく海にいった。
エリの実家の海は広く遠浅で、沢山の親子連れやカップルが来ていた。
海に潜ると、熱帯魚みたいな魚もいる。
夕焼けがキレイで、遥か向うには富士山も三原山も見えた。
それを見ながら2人でボーとしてると、「エリー、お父さん呼んでるよ」と姉が迎えに来た。
ウチに戻ると、親父さんはちょうど車庫に車を入れ終えたところだった。
自分が「どーも、お世話に・・・」と言い終わる前に威勢よく言う。
「おうっ、きたか!おう、あがれ、あがれ!メシできてっからよぉ!」
「はい、おじゃまします」
「いま、刺身つくってっからよ!おうっ、エリ、はこべ!」
「はい」
エリの親父さんは、外房の漁師の生まれで、外房独特の荒い口調だった。
そして、若い頃は漁師だったというイメージそのままだった。
「オメー、賢一っていうのか?おうっ、ビールでいいのか?」
「いただきます」
「オメー、食えよ!たくさんあんだからよぉ!」
「はい」
「おー、ビールも飲めよ。遠慮なんかすんなよ!」
「はい」
「これ食べてみろ。うめーぞ!」
「はい」
とても懐かしい感じがしてきたのを覚えてる。
久ぶりに味わったその感じ。
16歳の頃だったか。
家にいるのが嫌でたまらなく、窃盗事件を機に飛び出して、体ひとつで名古屋に向かった。
バイクを盗み、駅のベンチで野宿して、どうにか名古屋駅についた時は25円しかない。
名古屋駅東口には、ヤマ(日雇労働斡旋所)があり、ドヤ(簡易宿泊所)もあり、日雇いのオヤジの群れにまぎれれば食ってはいけるというのは知っていた。
その日のうちに手配師の斡旋で飯場に入り、訳がわからないうちに鳶職になった。
飯場は様々な人間がいて、酒とケンカが絶えなかった。
社長や親方は、よく自分には飲み食いさせてくれた。
エリの親父さんとメシを食べながら、なぜかその頃を思い出した。
綺麗な海と夕焼けを見て、親父さんとメシを食い、以前よりもエリのことが、いいな・・・と、思い始めた。
そして夏が終り、冬になる頃、エリと一緒に住み始めた。
彼女も結婚を望んでいたので、その約束した。
自分は、あと少しぐらい商売が立ち行き、それなりの社会人になってから結婚したい、と思ってた。
そして、同棲の状態で不都合がなかったのでそのまま暮していた。
そんな真面目すぎる自分も悪かった。
彼女との生活は、1年に1回、いや半年に1回は、くだらないゴタゴタがおこった。
いつの春だったろう。
彼女が職場の若い同僚とホテルに行き、結果、同僚が本気になってウチに押しかけてきた事があった。
彼女は泣いて謝り、「だって、やさしくされたから・・・」といい訳を言う。
自分は彼女を信じていたから許し、相手の男には一筆書かせ、そして収まった。
エリも悪気があってやったんじゃない。
自分も、直さなくてはいけない部分は直していこう・・・、と思った。
エリは料理が上手で、それからもいろいろと料理を作ってくれた。
冬のいつだったか。
帰りが遅いときもあった。
その時期に重なり、エリは妊娠した。
妊娠には気を付けて必ずゴムをつけるし、その時期はセックスをしていない。
エリはナンパされた相手かもしれないということをいった。
「だって、みんなカレシ以外に付き合ったりしてる・・・」といい訳をいう。
思わずカーとなり、引っぱたき、怒鳴った。
だけど泣いて謝るエリをみて、また許した。
相手のナンパ男は、当然のように捕まらなかった。
結局、堕ろすことにした。
子供が可愛そうなのと情けないので、病院で涙が止まらなかった。
それでもエリを根底の部分で信じていた。
また日常生活が戻った。
ゴハン食べて、寝て、たまには、ドライブ行ったり。
やっぱり、エリは、いいコなんだ。
ただ、素直過ぎるところがあるのか。
でもそこは自分がしっかりしてればいいか。
秋になるころ。
ある日、明かにウソとわかる理由で深夜に帰ってきた。
それからも、そんな日があった。
ウソをついてるのか?、と思ったのは事実だが、エリは軽はずみなことはしない・・・、と信じていた。
ある日。
携帯の留守電に見知らぬ男の声が録音されていた。
エリがAVに出演してること、他の男との連絡用に携帯をもう1台持ってることを伝える内容だった。
誰がなんのために、そんな伝言を入れたのか。
携帯は見たことがあったが、「友達のを預かった」とエリは言っていた。
ウソだったのか。
ショックだった。
しかし以前のような腹も立たなかったし、情けなさもなかった。
家に帰ってから、エリにそのことを言うと、彼女は顔を引きつらせ黙る。
だけど、それ以上は問い詰めなかった。
エリにも相手の男にも、関わるのがもう嫌だった。
どうしたらいいのかも、いくら考えてもわからない。
何もいうことがなかったから、そのまま黙っていた。
3日ほど過ぎて。
帰宅しウチのドアを開けると、エリの靴が片付いていた。
「ああ、出て行ったんだな・・・」すぐに判った。
靴と服と、鏡台だけが持ち出してある。
1人では運べないから、相手の男と来て運び出したのだろう。
置手紙もなにもなかった。
エリらしい行動にも思えたし、正直、スッキリもした。
エリの親父さん、姉ちゃん、弟とは、身内みたいに付き合ってたが・・・、なんのかんのいっても3年半同棲していたが・・・、その後もエリらしい無言電話がかかってきたが・・・、その後は、一切連絡を絶ったのでエリがどうなったのかは知らない。
自分の商売もへこんで、事務所を引き払ってからは、家にこもりきりになった。
1人の生活を実感してからが、つらさが増してきた。
エリの写真も海の写真も、全部破いた。
置物も食器も、台所用品も、全部壊した。
すべてを破いて壊したあとは、むなしくなってきた。
エリが言った結婚なんて、ままごと感覚だったんだ。
高橋に相談したときの、「そういう女は、そういう女なんだよ。・・・許しても、またやるよ」という言葉を思い出した。
「エリは、そういう女だったんだ」と、残骸をゴミ袋に詰めながら、泣きながら強く念じた。
そのときの苦しい呼吸と似てる。
ダメな風俗嬢
のぞみを動かそう。
この女も、そういう女なんだ。
「のぞみ」
「なに?」
たとえこちらが誠実に何を言ってもわからずに、良いことしか言わない男にそそのかされて、裏切るようなことを何回でも繰り返すんだ。
「そこの利息、オレが今だすよ」
「うん」
「だけど、オレ、借金はすぐに返せっていっただろ。いつ、借金ツブすんだよ」
「・・・うん」
いっそのこと、思いっきり色んなチンコを喰らったらどうだ。
この女、とことんまで蹴り転がしてやる。
「店が稼げないんだったら、客から金引っ張れるか?」
「・・・それは」
「できないか。客に打たす(本番行為)のは?」
「・・・」
「できないだろ?でもな、ソープでも、いま、それほど稼げないぞ」
「ソープは、イヤだ」
彼女が手にしてる携帯が鳴った。
ディスプレイを見た顔がこわばり、しばらくして鳴り止んだ。
闇金なのはわかった。
「そうだろ?このままだと、金貸しが親の元にいくかもしれないな」
「・・・」
「嫌がらせで親の職場とか。それで会社をクビになる人だっているんだから」
「・・・」
「金貸しだったらそのくらいするでしょ?のぞみ、まだ未成年だから」
「・・・」
また、すぐに携帯は鳴り始めた。
すっかりトイチの客になっていた。
「とりあえず、今日は、オレが金利入れるよ」
「・・・」
「それで、店終わったら、オレの仕事手伝えよ」
「・・・AV?」
6業者からトイチで借りているのだから、ほとんど毎日のように電話がかかってきていて、1日置きに支払いしているのか。
「うん、本番とフェラ、ギャラは10万はいく。本番して稼がないと返せないだろ?」
「・・・でも」
この場合、先乗りの業者有利。
後乗りの5番目か6番目の業者になると、元金の回収すら危ぶまれる。
「それとも、借金はバックレるか?」
「バックレはしたくない」
「じゃ、どうすんだよ」
「・・・」
「のぞみが絶対にバックレない、というんだったら、オレ、手貸すよ。10万になるように」
「・・・」
ここで、おずおずと彼女は電話にでた。
「すみません・・・」とあやまり、うつむいたまま。
電話の向こうの相手は、ガンガンと怒鳴っているのがわかる。
泣きそうな顔になっている。
怒鳴っているのは、5番手か6番手の業者かも。
いずれにしても、借金以外にカレシへの支払いもあるから、風俗で稼いでもすぐになくなる状態か。
お金に追われている女のコは客どころじゃなくなるし、まともな店だったら待遇は下げる。
どこまでズルズルと、ダメな風俗嬢になっていくのだろう。
彼女を冷めた目で眺めていると、電話で話ながら『貸して欲しい』という素振りを見せてきた。
自分は優しそうにうなずいてあげた。
電話が終わってからは、角の三和銀行に行く。
先方の金貸しの口座に振り込んだ。
「念のためだけど、現場が終ったら返すから」と財布のカード類を全部預かる。
免許証と学生証と保険証は、トイチに担保として取られていた。
彼女とさくら通りを歩きながら、店が終ったら撮影現場に行くから、必ず電話するように言い聞かせているうちに、店がある雑居ビルの前まで着いた。
携帯で写真を撮ってから、彼女を店へ向かわせた。
潰しの現場
「のぞみは、そういう女なんだ、自分がやらなくても誰かがやる」
そういう思いが意識の奥から沸き上がってきたときから、彼女は中川社長に預けようと決めていた。
写真を撮ったのも、そのためだった。
この中川社長は何業といったらいいのか。
良くいえばコーディネーター。
悪くいえば人身ブローカー。
もしくは人買い、というところだろう。
中川社長は、通常のAVプロダクションが営業しない制作業者と付き合いがある。
女のコを荒く扱うのは当然のことで、ダマシ撮りしたり、本物レイプをしたり。
未成年を撮ったり、裏に流したり。
もちろん女のコは1回の撮影で潰れる。
が、こういう『潰しの現場』は金払いがいい。
あまり関わりたくないのだけど、現場に女のコを入れ込めば現金が支払われる。
もちろん中川社長はまともな仕事もするが、決して正攻法ではない。
自身でスタッフを抱えたり、女のコを抱えたりはしない。
制作会社とAVプロダクションの間にたって、撮影を取りまとめたり。
当日に女のコが飛んだ(バックレ)た現場に、他のAVプロダクションの女のコを入れ込んだり。
AVプロダクションには所属しないが、きょうお金が必要だという女のコを現場に入れ込んだり。
以前にニュースとなった、TBSの乱交パーティー騒ぎ、ブルネイ王族の愛人騒ぎ、といった不祥事にも一枚噛んでいた。
この業界の闇の部分でもある。
「社長、田中です」
「おー、田中くんか」
「1人女のコいて、きょうの18時前後なんですけど、カラダ空くんです」
「いいタマなの?」
「飛びきりってわけじゃないんですけど、ブサイクではないです。太ってはないですね」
「あーそう」
「あ、あと19歳です。風俗やっていて、借金持ちなんで。写メおくります」
「そうしてくれる」
『潰しの現場』なのはわかりきっていたから、撮影内容は確認してない。
写真を送ったあとに、すぐに社長から折り返しがきた。
「彼女、ほんとに潰しちゃってもいいの?」
「構わないです」
「あがりがてっぺん(24時)いっても大丈夫?」
「はい」
「うーん。確実に連れて来れる?」
「自分は大丈夫だと思ってます。本人の気持ちも固まってますし。彼女と17時過ぎに連絡取り合って合流します」
「そうか・・・、じゃあ、ちょっと調整してみるよ」
「ありがとうございます」
「アガリ折半でいい?」
「ええ、結構です」
折り返しがあったのは20分程してから。
現場はOKとのことで、頭のギャラ(総ギャラ)が60万でと決まった。
以外に高い。
ということは、社長はメーカーの頭のギャラをそのまま伝えてきている。
金のやりとりに関しては公明な社長だが、後々に問題が起これば半分は押し付けるつもりかも。
総ギャラから彼女のギャラを引いて、残りのギャラを社長と折半にする。
彼女のギャラはあてがい扶持で10万。
社長と自分で25万つづだ。
25万か。
彼女を潰しての25万と思うと安いと気もするが、それがバカ女だとすればこんなものかもしれない。
イタトマでそんなことを考えながら、彼女からの電話を待った。
無修正動画の契約書
以外と明るい声の彼女から「いま、店でたよ」と電話があったのは17時すぎ。
さっそく社長に電話しながら靖国通りを渡り、17時30分を集合時間にして、彼女ともセントラル通りのデカマック前で合流した。
そうして、歌舞伎町交差点にワンボックスカーが止まり、彼女と乗り込んだ。
「カノジョー、今日の現場はハードだよ」
「・・・ハイ」
乱暴に走りだしてからだった。
大柄のジャージ姿で、ガラが悪い社長がミラーごしに言う。
「現場ナメて、箱に詰められて、どっかに送られた女もいっからさ」
「・・・」
「あまり現場でウダウダしてっと、これだから!これ!」
「・・・」
社長の往復ビンタのゼスチャーに、彼女は引きつった笑いをして、あとは俯いて無言のままだった。
1時間ほど走り、郊外のスタジオについた頃には、陽は落ちていた。
スタジオというよりも、町工場の倉庫という感じの建物。
広い駐車場は砂利になっていた。
建物の脇にある、鉄製の錆びた階段を上がる途中で、隣の倉庫の屋根の向こうに満月が見えていた。
気のせいだろうか。
いつも通りの満月が、不気味に大きく見える。
2階がスタジオだった。
ドアを開けると、目の前にテーブルがあり、コンビニの袋や弁当箱が乱雑に散らかっていた。
そのテーブルを囲んで、折り畳みイスにスタッフが3人程座り、マンガを読んだり寝ていたりしている。
マンガを読んでいた、むさくるしい中年男のスタッフが、前を通った彼女の後ろ姿を目で追っていた。
待ち構えていた目だった。
工場の倉庫だったのだろうか。
スチール壁で仕切られていて、5部屋ほどに分れていた。
奥の部屋から、社長がAV出演の書類を持ってきた。
テーブルのおき「ここに名前ね」と彼女にサインを促す。
英語の細かい字がびっしりとした書かれた書類。
なにが書いてあるのか意味がわからない。
それは彼女も同じで、一瞬だけ躊躇したように見えたが、社長に言われるままサインをした。
サインされた書類を、社長は取り上げるように手にしてから、ギャラが入った封筒を手渡した。
さっき奥の部屋に書類を取りにいったと同時に、制作サイドから総ギャラの受け渡しがあったのだろう。
彼女は封筒をバッグに入れた。
それが合図みたいに、すぐにスタッフが「メイクするので」と彼女を別室に連れていった。
「田中くん、彼女のギャラ10万でいいんでしょ?」
「いいですよ」
「じゃ、頭のギャラ(総ギャラ)が60なんで、彼女の10引いて、残りを折半で」
「はい、けっこうです」
これで、彼女を入れ込んでアガリが25万になった。
さっき自分は25万が安い気がすると感じたのだが、実際に現金を手にしてみると納得できた。
貸した2万もあとで取ろう。
社長と一緒に現金を指折り数えた。
満足気味のため息が2人で同時に出て、お互いに少し笑えた。
「領収書かいてもらえます?」
「ええ、但し書きはどうします?」
「制作協力費で」
「はい」
英語の書類の意味を聞くと、アメリカで商品になるとのこと。
ということは無修正動画。
インターネットでの販売となる。
そんなことを話していたら、シャワーを浴びたのだろう、バスローブを着た彼女が奥の部屋に入る
「ちなみに、今日って撮りはなんです?」
「最悪かもしれない」
「レイプですか?」
「レイプというか、ふつうの面接ダマシ撮りだけど、刺しが多いから、彼女、体もつかな」
『刺し』とは『本番』のこと。
最近、よく耳にするようになってきた。
女のコに対しては使われなくて、男同士で内緒で使われる。
AVでの本番のあり方が、大きく急激に変化してきていた。
それまではゴム付きが基本だった。
前張りをしての擬似本番もあるし、生卵の白身とコンデンスミルクを交ぜたものをスポイトで飛ばすという擬似スペルマの顔射も普通だった。
それが一気に、生挿入の中出しの本物精液というのが、トレンドというか流行というか解禁されたかのようになっていた。
要は売れている。
「大丈夫ですよ、気持ち固まってるから」
「田中くんも、刺していけば?」
「いや、社長の前でキンタマ出せませんよ」
「ハハハ、オレはせっかくだから刺してくよ」
刺しというのは、生挿入の中出しの本物精液のほうに使われていたのだった。
そんな雑談をしてると、簡単にメイクして、また私服を着た彼女が、スタッフと一緒に目の前を通りすぎた。
不安そうな顔をして、うつむいていた。
よかった。
これが笑顔で目を合わせてきていたら、こっちの胸がもやもやした。
面接ダマシ撮り
奥の一室のドアの前に行くと、スタッフが彼女にノックを促した。
スタッフは満面の笑顔なのだが、さっきからずっと目の底のほうで彼女を見ている。
左手のプラチナの結婚指輪が新品のように光っているのが、不気味な笑顔に感じさせていた。
向こうからは「どうぞぉ!」という声がして、彼女はドアを開け中に入る。
パタンッとドアが閉じられた。
しばらくすると「オラァァッ!!」という怒声と共に、バンッと何かを蹴る音が響く。
その後も、「脱げよ!!」と「泣いてんじゃねえ!!」という怒声。
「カネのためにきたんだろ!!」と、また、バンッと何かを蹴る音。
なるほど。
面接ダマシ撮りだ。
しばらくして物音がなくなると、さっきマンガを読んでいたむさくるしいスタッフが、奥の部屋のドアを静かに開けて入っていった。
開きっぱなしになっているドアから、「アッ!」とか「イタい!」という、彼女の小さな悲鳴が聞こえる。
中を静かに覗くと、部屋の中央に応接セットがある。
ライトの熱でムンッとしてた。
ソファーに寝てる彼女を、30人ほどの半裸の中年男が取り囲んでいる。
集団のほとんどが、なにかしらの笑みを浮かべていて、半数ほどがパンツの上から股間を擦っていた。
カメラのフラッシュを浴びながら、全裸の彼女は脚を大きく広げられて、既に1人の男に挿入されていた。
いや、刺されていた。
刺されてる彼女は手をダラリとさせて、無表情で宙を見たまま視点が定まってなかった。
先ほどのスタッフが、当然のように服を脱いで全裸になって、刺されて突かれている彼女の頭を「オラッ」と小突くようにして、乱暴に髪の毛を鷲掴みにして、口に勃起をねじり込んだ。
口ではなく、なにかの肉穴のように、勃起を根元まで思いきり突き立てている。
宙を見たまま無表情だった彼女は、イマラチオに苦しそうに顔を歪めた。
存分にイマラチオしてからの彼は、右手でシゴキながら結婚指輪が光る左手をクロスさせて、上手に彼女の顔を持ち上げて「ウッ・・・」と呻いた。
同時に、彼女が顔をしかめた。
その瞬間、彼女の顔面に勢いよく精液が飛び散って、またフラッシュが焚かれて写真が撮られている。
これを機に、ソファーを取り囲んでいた半裸の中年男達は全裸に。
全員が無言で肉棒をしごき始めて、熱気だけがムンムンしてきた。
1番手に刺したオヤジは、程なく「ああぁ・・・」と呻いた。
肉棒を引き抜いた股間からドロリと垂れ落ちる精液を、ビデオカメラが接写。
次に刺す順番が決まっているらしくて、半笑いをした中年男が彼女の脚を広げて、腰を勢い良く打ちつけ始めた。
『潰しの現場』だった。
手をダラリとさせたまま、無言で無表情で宙を見たままの彼女は、屠られた肉塊にも見える。
黙ったまま取り囲んでいる中年男の集団は、与えられた餌にありつく雑食の家畜のように次々に群がっていく。
彼女の手を持ち、自身の肉棒をしごかせていた脂っぽいバーコードの中年男が、「ウゥゥ・・・」と歯を食いしばりながら勢いよく射精した。
それを避けようとした小太りな中年男が、カメラを持ったスタッフとぶつかる。
口を半開きにして肉棒をしごいているうちに「アッ・・・」と、突然に射精してしまった中年男は巨大な爬虫類に似た顔をしていた。
床に落ちた精液を踏み付けて、キュッと音をさせて足を滑らせた中年男は滑稽だった。
彼女に顔射したあとに、亀頭から残り汁をダラッと垂らしながら、さらに肉棒をしごいて、全身汗だくになり、必死に2発目を射精しようとしている中年男は、発情した豚といったところだろうか。
彼女の脱いだスリムパンツとピチTと下着が、ソファーの隅に折り畳んで置いてあった。
白く弛んだ身体で腹だけが突き出た中年男が、パンティーを手に取り、裏返してから鼻に押し付けている。
目を細めてクロッチを嗅いで、なにやらブツブツとつぶやいて、額に汗を光らせながらオナニーをしている。
床に落ちた彼女の服は、誰かが足蹴にして、部屋の隅のホコリと同化していた。
自分も服を脱いで全裸になり、その家畜に見える中年男の群れに交じって、半目になり口を半開きにして、猫背になってガニ股になって、収まらない勃起をしごいた。
すでに中出しが4人続いていた。
勃起が引き抜かれた膣穴からは、4人分の精液が溢れるようにして垂れていた。
すぐさま5人目が、しごいている勃起を彼女の股間に近づけた。
射精の瞬間だけ勃起を半分ほど刺した。
呻きながら中出しだけして、何回かの脈動を済ますと、すぐに引き抜いている。
続く6人目も、前者と同じようして中出しだけを済ませた。
引き抜くいた勃起には、粘り気のある液が、太い糸となって引かれている。
次の7人目は、精液が垂れ流れている膣穴に構うことなく刺して、腰を勢い良く打ちつけている。
もう1人が、彼女の頬を掴んで口を開かせて、唇に亀頭を当てがって、口内に注ぎ込むようにして多量に射精している。
脇から手が伸びてきて、脱力したままの彼女の頭を「のめよ!」と小突いた。
中出ししたい者。
顔射したい者。
ごっくんさせたい者。
何度も射精したい者。
眺めてオナニーしたい者。
それぞれが必死になっている。
彼女の髪を引っ張りながら、顔めがけて射精した瞬間は、今までにない快感があった。
体の奥で小さな爆発が起きたのだ。
ドクドクと大量に精液があふれ出た感覚。
6度も7度も脈動して射精が続くと同時に、呻くようにして「バカ女・・・」とつぶやいていた。
乱暴に飛び散った精液と、唸るようなつぶやきの罵倒が自分だと、彼女はわかる状況ではなかった。
あれだけの射精をしたのに勃起は収まることなく、その後も撮影も終わることなく続いた。
満月の夜は殺人事件が多いのだから
すべてが終った後。
終電は過ぎていた。
それに明日、彼女は産婦人科にいくことになっていた。
社長に車で送ってもらったのは、厄介ごとは自分に押し付けられた形のようして、彼女はウチに泊まることになったのだった。
彼女は、車の中では「いたい・・・」とお腹を抱えたまま、後部座席で寝こんでいた。
その様子を見て、社長が運転をしながらぶっきらぼうに言う。
「カノジョー」
「・・・ハイ」
「今日、頑張ってくれたからさ、よかったよ」
「・・・」
合計すると、40回は生中出しされたのではないのか。
社長もしっかりと、2回も生中出ししていた
「この前の女はさ、クソ生意気でさ、もう途中で逆さに吊るされて、竹刀でバチバチにシバかれたからさ」
「・・・」
「そしたらさ、泣いて叫んで鼻血出していたから笑っちゃったよ」
「・・・」
ホントかどうかわからないが、見た目よりは気が小さい社長のカマシだとはわかった。
だから自分も以降は「ですよねぇ」と助手席で話を合わせた。
「でも、しょがないよね。契約書にサインしてるんだから」
「・・・」
「カネも受け取ってるんだからさ」
「・・・」
「カネ払ってんのはこっちだから」
「・・・」
「カノジョー、聞いてんの?返事は?」
「・・・ハイ」
この場合、優しい言葉を彼女にかけるのは、中途半端になる気がした。
あと一息で、スカウトが完了するのを感じていた。
近所の交差点で車を降りた。
バックから携帯を取り出した彼女は、留守電を聞いてからは、急いで誰かと電話で話しはじめた。
足元にバックを置いて、放置自転車が立てかけられている金網のフェンスにもたれながら、自分に聞かれたくないのか控えめに話し込んでいる。
自分は、夜空の満月を眺めながら待っていた。
電話が終った。
彼女はひどく泣いていた。
「どうした?」
「なんでもない・・・」
「なんだよ?」
「わたし・・・」
「なに?」
「カレシが悪いってわけじゃないけど・・・」
「なんだって?」
「カレシが・・・」
「ナニいってるかわからんよ」
「もう・・・、いい・・・」
歩こうともせずに、もたれていた金網のフェンスに指をかけた。
深夜に泣きながらいうのが不気味だった。
「田中さんって・・・」
「どうしたの?」
「・・・」
「どうした?」
「田中さん・・・」
「だから、どうしたの?」
「こわくって・・・」
「オレが?」
「・・・」
「なにかしたの?」
「・・・」
「こわいってひどくない?」
「・・・」
白々しくは言ってない。
口調は親身で優しかった。
「オレ、ショック」
「・・・」
「のぞみがいうからさ、のぞみのためにやってあげたのに」
「・・・」
「なんでそんなこというの?」
「・・・」
こんなような、非難じみた言葉がくるとは思っていた。
ここぞとばかりに困惑の顔をしていた。
「・・・」
「もう、わたし・・・」
「どうしたの?」
「もう、わたし・・・」
「だからどうしたの?」
「もう、わたし・・・」
こんな、とりとめのないやりとりが続いた。
あとは言葉にならず泣くばかり。
そんな彼女を辛抱強く眺めていた自分だったが、不思議なことになんの感情も沸かなくて、深夜だから泣き声が響くし、まるで自分が泣かしたように通行人が来たら見られるなと、さも迷惑そうな顔をして煙草を吸って、やがては足元の小石を蹴っていただけだった。
彼女はいつまでも泣いていた。
目が腫れて、顔がぐちゃぐちゃになっている。
結局は「勝手にしろ」と軽く言い放って、フェンスにもたれたまま泣いている彼女を置き去りにしてウチに向かった。
歩く正面には満月がある。
満月の夜は殺人事件が多いというのを思い出して、イライラするのは満月のせいにしてみて、撮影が激しくなったのも満月のせいにしてみた。
ウチに帰ってからはしばらく待っていたのだが、彼女からの電話はなかった。
もう知らん、と携帯を放った。
心配は全くしてない。
泣く女のコをなんとかしてあげようとする男なんて無数にいる。
もう誰かが、なんとかしてくれたのだろう。
日記帳に記入した25万の数字に満足を感じて、すぐに寝ることができた。
それから。
1週間ほど経って。
自分から彼女に連絡は取らなかった。
彼女からも電話はない。
アルタ前広場で人の流れをみてたとき、ふと電話してみた。
電話は使われてなかった。
「そういう女だから動かしたんだ・・・」と大きく胸で息をしながら、また自分にいい訳をした。
– 2003.2.21 up –