風俗店の電話対応
クリスマス明けから今日まで、男子従業員は全員が休みなし。
オープンラストの通しも順番にやっている。
来店客は途切れることなく、休憩するどころか、座ってメシを食べる間もない。
そんな混雑にも慣れてきて、流れがスムーズにもなってきた頃が今年最後の営業日だった。
西谷と久保は受付をしている。
状況に合わせて推したり待たせたりして、あとになってからの無茶な振り替えも少なくなっている。
竹山と小泉はレンタルルームまで客を送ったり、女の子の様子を見たりして、交代するかのようにして店を出たり入ったりしている。
自分は、リストの前に張り付いているのが定位置となった。
受話器を首と肩に挟んで、壁の時計を確かめながら話して、リストに丸印をつけたり、黒く塗りつぶしたり、時間を記入したり。
「マユミ、出た?うん。お客さん帰した?え、つかれた?次、続いてるんだよ。あっ、まって、・・・ミエコ?出た。じゃ、20分くらい、休憩しようか?うん。また電話する、はーい・・・あ、マユミ?じゃ、お客さん待たせるからさ、とりあえず店きて。おにぎりあげる。食べたら次な」
話している間に、プププ・・・とキャッチ音が重なる。
折り返すと切ったり、そのまま待たせたり、キャッチを取ってもう一方と話す。
雑な対応のようでもあるが、一言でも声を聞くのが重要だった。
相手の声色から、話を早く終わらせてもいいときには終わらせて、保留にできるのは保留にして、折り返しでいいのは折り返しにして、様子を見たいときにはゆっくり話す、という減り張りはしているつもり。
「サクラ、いま1人?うん、お客さん、続いているから、そのままシグナルの1番。うん、え、だってもう、お客さん部屋で待ってるよ。じゃ、この次、おにぎりあげるから。うん。あ、ちょっと待って。・・・リリか?お客さん帰した?じゃ、ちょっと休憩しようか?うん、お客さん待たせるから。10分くらい。うん。また電話するね」
常に電話がかかってくる。
首と肩に挟んでいる受話器は置かれることがない。
一方の指先は、なにかしらメモしている。
もう一方の指先はフックを上げたり下げたりして、キャッチをとっている。
またプププ・・・とキャッチ音がしてる。
フックをゆっくりと押して上げた。
キャッチも重なると、誰とつながるのかわからなくなったりもする。
「シホか?いける?無理してない?そっか、じゃ、シグナルの3番ね。うん、わかった、じゃ、入ったら電話ちょうだい。・・・あ、サクラ?ゴメンゴメン切れちゃった。じゃ、シグナルの1番ね。あ、ちょっとまって。・・・あ、マユミ?入った?うん、おねがいします。はーい。・・・サクラ?わかったよ、次、間あけるよ、うん、10分くらいな。じゃ、入ったら電話ね」
リストに貼った付箋に『10』と書き入れると、プププ・・・とキャッチ音がしている。
フックを押し下げて上げてキャッチをとりながら、久保が状差しに挟んだ先客の伝票を確かめた。
置かれたお札を長財布に収めて、お釣りを出して手渡した。
「・・・あ、セイラ?うん、どうした?そうか、うん、うん、・・・そうか。・・・そうか。ちょっと一息いれるか。うん。今いくから、待ってて。うん、とりあえず。・・・あ、ミズキ?今ひとり?ダメ!次、お客さん続いてるから!このあと休憩入れるから、ちょっと待って、折り返す、はーい」
次の客を受付している西谷がカーテンから半身を入れてきたので、リストに指を置いて推しを示して、待ち時間を指で示した。
それはそうと、セイラが酔っ払い客で凹んでいる。
たいしたことはないが、プププ・・・とキャッチ音が続いているが、新人なのでこのまま放ってはおけない。
「カオリ?え、つかれた?あ、ちょっとまって。・・・小泉、すぐセイラの様子見にいって、酔っ払い客で凹んでいる、いま客を帰したところだから。・・・シホ?入った?じゃ、おねがいね。・・・カオリ?じゃさ、お客さんには化粧直しの時間で遅れますって電話するよ。うん、言ってあるからだいじょうぶ。じゃ、10分。また電話する」
電話が足りない。
女子用電話は受けるのみとなっている。
店からかけるのは、普段は使うことがない私物の携帯からとなっていた。
ミズキの伝票を竹山に手渡して『やさしく伝えて!』と指で示して、カオリの伝票に《けしょうなおしでおくれます、10分!》と書き入れて差し出した。
それらが伝え終わると、リリの伝票に《客出して》と書き込んで手渡す。
次には《ナナ10分まえ》とメモ。
伝えることは、どんな小さなことでも漏れなくメモする。
ボールペンは常に小指で握られていて、手の甲にもいくつか数字が書き込まれている。
手の甲のひとつをメモに転記して、擦って消した。
店長に必要なことのひとつ
電話は重なるものだった。
店用電話も女子用電話にも携帯にも同時にかかってくる。
チケセンから「いまって待ちどのくらいですか!」と切羽詰った声でかかってくる。
ダーさんからも「7番が空いたんで!」などと忙しそうにかかってくる。
両手に受話器や携帯を持って、上げたり下げたり離したりして千手観音みたい。
「はい、ラブリーです、ちょっとまってください。・・・トモミ?出た?うん。じゃ、おにぎり食べるか、うん、店までおいで。・・・すみません、いま、待ちが読めないです。はい。・・・はい、ラブリーです。ああ、6番空きました?じゃ、今から客いくんで。・・・もしもし、ジュリか?、いまひとり?うん、そう、ちょっと休も。うん、20分したら電話する、はーい」
次の客を受付している久保がカーテンから半身を入れて、リストに指を置いてセイラの待ち時間を確かめている。
電話で話しながら『セイラ、今の客で凹んでいて、どうなのか今確かめている』と手で状況のゼスチャーを送ると伝わったらしい。
久保はうなずいて店内に戻っていった。
プププ・・・とキャッチ音が鳴り続けていた。
「ミカ?うん、そう、次、45で5番ね。お客さん、さっき入ったところ。はーい。・・・ミライ?どうした?え、ローション忘れた?じゃ、持っていく。お客さん脱がしていて。・・・西谷、ダッシュ、ローション、2番、ミライ。竹山くん、ユウなんだって?・・・うん。じゃ、いけるな。続けよう」
店舗型から受付型になって2ヶ月が経とうとしているここにきて、はじめて店長らしいことができた気がした。
物件の契約者だし、届出書には代表者となっているし、店長として現金管理も面接も講習もしているのだけど、それらよりも店長らしい仕事ができた気がして、忙しくはあったが気分はよかった。
電話の扱いに自分が一番に長けていたからだった。
肩に受話器や携帯を挟んで話したり、同時に何人かの話を聞き分けたり、聞いたり話しながら目は別のことを確かめていたり、話しながらペンを動かして別のことをメモをしたり、それらが難なくできたのだった。
竹山と小泉にもリストを交代はするのだが、客と電話が混み合うと流れが滞ってしまう。
「ちょっとまって」と一方の話を止めなければならないし、知らずに早口になったり早めに押し切ろうとしたり、つい大声になったり、受話器をバンと置いたりして扱いが荒くなってしまう。
メモを書くのには「ちょっとまって」と話すのを止めなくてはいけない。
同時にリストや時計や伝票に目配りして確かめることも滞るから「あ!まだ伝えてない!」といった不手際もおきる。
手元も止まってしまうから、リストの上にはお札が散らばっている。
自分は知らなかったのだけど、電話で話しながら別のことを同時にうまくできない者もけっこういるのだった。
風俗店では「いそがしい」でやめる女の子はいない
現状で出勤は15名。
ミエコとミサキとカオリは早番からの22時上がりで、サクラとトモミだけは早番からの通しで、ナナ、マユミ、ユウ、ミカ、ミズキ、ジュリ、セイラ、ミライ、リリがラストまで。
ダミーは必要ないが、キョウコだけ入れて16名。
女の子のシフトは、年末はわずかに変えていた。
いや、変わっていったのは自然な流れだった。
連日28時ほどにラストが伸びていたので、遅番は19時出勤と後ろにずれた。
そうなると、早番は19時受付終了に。
19時ギリギリで客がつけば、20時の上がりとなる。
「年末だけはムリいうから!」と強気で休みなく出勤させていた。
それでも「いそがしいからやめたい」という女の子はいなかった。
風俗店では「ヒマだから」とやめる女の子はいても「いそがしいから」でやめる女の子は皆無だった。
仕事納めの日に酷い扱いをしたミズキも、トビとなることはなかった。
未経験で入店して1週間にしてベテラン扱いとなって、けっこうスパルタ気味に接している。
ついでにいえば、ミズキは小泉の面接。
自分が休日のときに、高収入求人誌で面接にきた。
未経験で体験入店希望がきたと小泉から電話があったが、自分は智子もいたし、寝ていて気だるくて動けない。
いい機会でもあるで、小泉に面接と講習も任せた。
といっても小泉は和彫りの刺青がある。
どこかの誰かが風俗の講習で刺青を見せて、威圧と強要があったと事件化したことがある。
100人斬りの小泉だったらそんな無様なことはないと心配はしてないが、それでもお互いに服を着たままバイブを使っての講習にした。
あとになってから、そんなソフトな講習でどうなのか・・・と気がかりではあったが大丈夫だった。
性技というのは、教えるも教わるもない。
自身で見つけていくもの。
多くの客をこなしていくしかないのだった。
ちなみに、ミズキという名前も小泉がつけた。
本人は「ユウカがいいです」と考えてきていたらしいが、その名前だけはダメと却下されたのだった。
いずれにしても、自分にとってはなんの思い入れもない名前だから、ミズキにはスパルタになっているかもしれない。
根性論と精神論の違い
セイラの様子を見にいった小泉が一緒に戻ってきた。
たいしたことはない。
酔っ払い客が「本番しよう」としつこかっただけ。
乱暴があったり無理やりがあったのではない。
一言か二言くらいは傷つく言葉があったのだろうが、そこまでは確かめてない。
ちょっと気落ちして翳りがある表情が、なぜか可愛いらしく見えた。
遠藤のスカウトで入店したセイラは1年ほどの風俗経験者ではあるが、この店の在籍となって2週間も経ってないので邪険にはできなかった。
うんうんとグチを聞いていた竹山が「店長、セイラ、だいじょうぶとのことです・・・」とその後を振ってきた。
次の客が待っているのも、その次の客も仮で受付してあるのも、竹山は切り出せないのだ。
それに女の子に対しては、自分が強気に接すると、竹山がとりなしてフォローするという役割が決めたわけではないが分担されていた。
リストは竹山と交代して、ソファーに座るセイラと向き合った。
こんなときには、おにぎりなどあげても仕方ない。
言葉しかない。
「セイラ」
「はい」
「次のお客さんいて」
「え、そうなんですか?」
「うん、いけるか?」
「あ、はい」
「そうか。セイラな、いいお客もいれば、わるいお客もいる」
「あ、はい」
「セイラ、せっかくがんばっているんだもん。な、いい客のことだけ考えよう。次、がんばれるか?」
「はい、がんばります」
「そうか、がんばろう」
「はい」
自分は「がんばろう」と言った。
こんなとき、店長としては「がんばろう」で根性を入れるしかない。
指示するでもない、お願いするでもない。
励ますでもない、労うのでもない。
グチをきけばいいってものじゃないし、寄り添うみたいな時間もかけれない。
根性である。
時代遅れの。
しかし以外に、女の子には根性が受け入れられる。
最先端のおしゃれをしていても、どれほど小さくて細くて非力に見えても、おしとやかに上品に知的に見えても受け入れられる。
じゃあ、根性とはなにかと問われると、明確には示せないのが歯がゆい。
はっきり言えるのは『根性論』と『精神論』はちょっと違うかなということ。
両者は似てるようだけと、自分の中では区別はつけている。
ぐだぐだと理屈をこねるのが精神論。
一言で気合いを入れるのが根性論。
「がんばります」と根性を見せるときの女の子は、得もしれないエネルギーを放つ。
ボディーソープの匂いを撒き散らしながらセイラは立ち上がって、今度は元気よく「いってきます」と客先に向かった。
歌舞伎町のラブホテルの状況
22時には、ミエコとミサキとカオリが上がった。
年末の挨拶は形だけである。
社会にどんな出来事があっても、やることは変わらない歌舞伎町の風俗店には、しめ縄だって飾られてなかった。
24時を過ぎて、いよいよ大晦日となっても歌舞伎町の街路の騒がしさは変らない。
店内には待ち客が10人。
ソファーも折りたたみ椅子も満員。
店内に入りきらない客は、レンタルルームで待たせてある。
「のんびり寝っころがって待っていてください」といってあって、それを拒む客もいない。
ちょっと疲れ気味の客が交じっているのが、仕事納めの日と異なっていた。
どこの風俗店の待ち客もそうなっているようで、シグナル以外のレンタルルームも満室となっている。
「いつくらいに空きますか?」と問い合わせても「朝まで予約でいっぱいです」と断られる。
もちろんシグナルも他店にもそうしていたから、提携先以外は全て断っているのが覗えた。
提携のレンタルルームを持って正解だったのだ。
持たない店は、この搔き入れどきに開店休業となったのだった。
女の子の待ち時間ではなくて、部屋の待ち時間が読めない状況となる。
「ラブホテルでもいいよ」という客もいたが、歌舞伎町のラブホテルは予約などできないし、電話での空室状況にも応えない。
客がうろつつくことになってもいけないので、小泉がラブホテルの様子を見にひとっ走りしたのだが「どこも満室となってます!」と電話がきただけだった。
ホテルでもレンタルルームでも部屋という部屋が埋まっていて、客がほうが多く溢れているという状況になる。
最大の入客数を達成
壁の状差しには、伝票が連なってぶら下がっているまま。
待ち客も動けず、待機の女の子も動けずという、無風状態。
西谷が店頭に立って、来店客には「いっぱいです」と頭を下げて入店を抑えている。
シグナルが1部屋空くと次の客が入室してと、まどろっこしい時間があった。
27時を過ぎてから、リストに重なる白丸が解消できてきていた。
リストのすべての丸印を数えてみると76個。
仕事納めの日の最高記録を超えた。
客単価も概算で12000円を超えているので、店落ちだって最高となる。
80は超えたい。
大記録を狙いたいし、今でないとできない。
あと4本だ。
平常であれば、風俗店と在籍は「もっと客がこい!」と思惑が一致する。
が、客が押し寄せるような日に限っては、風俗店と在籍は相反する。
風俗店側は混んでいる日にできるだけ客を入れたい。
が、在籍側は「あともうちょっと」とはならなくて、そこそこの金額は稼げたし、疲れてもいるから上がりたい。
サクラやミズキのスパルタ組は「ラストまだなの?」と遠慮がちに聞いてきてもいる。
どうしようかなと迷っているうちに、ピークを脱したようだ。
もうすぐ始発の頃になるという28時過ぎには、再び客が動いた。
今年の締めの風俗をあきらめてない客が、夜が明けても相当数いるのだ。
28時からは客足が途切れない。
延々と続きそうな勢いだ。
80本を超えたのは30分もかからなかった。
29時前の強制閉店
29時にならないうちに、これで営業を終了にしようと決めたのは急だった。
待機所で女の子の様子を見ていた竹山から「反乱がおきてますぅ!」と電話があったのだ。
反乱と大袈裟に言っているのは竹山の口調からわかったが、トモミが「もう!ムリ!」とベソをかいて、ナナが「いつ終わるの!」と怒っているという。
普段の他の女の子とは交わらないシホまでが、その場に留まって睨んでいるという。
この3人のこの状況はまずい。
いそがしくてやめる女の子はいないといっても限度があるのだった。
ちょっとやりすぎだった。
すぐに終了を伝えて、有線放送のボリュームを小さくして自動ドアの電源を切った。
店頭の電気を消したところで、割引チケットを持った3人組がエレベーターを降りてきた。
「あれ!終わりですか!」
「すみません!今日はもう閉店です!」
「ええ!」
「また、おねがいします!」
そう応えてから、早く路上に出してある立て看板をしまおうと階段を下まで降りた。
立て看板の電源を抜いて片付けようとしたとき、サラリーマン2人組が「あ、ここだ!」やってきた。
割引チケットを手にしている。
「すみません、もう閉店です!」
「ええっ!マジですか!」
「もうしわけない!」
「ええっ!なんでですか!」
「もう、女の子がダウンしてしまって!」
「まだ、できるコいないですか!」
「いないです!ほんとに!」
「いやいや、いますよ!」
「いやいやいや、いないです!」
「うわぁぁぁ、マジですか!」
2人組は躍起になったが、追い返すようにして看板を抱えた。
すぐにチケセン全店に電話だ。
チケットを下げてもらわないと。
階段を上がると、さっきの3人組も粘っていた。
閉まるドアには、駆け込みたくなるらしい。
電源を切った自動ドアを開けて店内に入ろうとしていて、3人がかりで指をかけている。
「もう閉店なんで!ムリです!」と、内側から久保が叫びながらドアを押さえて頑張っている。
3人組みは「おねがいしますぅっ」とガラス戸を手の平でぺたぺた叩いている。
自分も「すみません!閉店です!」といいながら割って入り、自動ドアにかけられた指を外しにかかった。
「オレらでラストにして!」
「もう閉店です!」
「ラストのラストで!ほんと、おねがいしますぅ!」
「もうムリです!ほんと、もう終わりなんで!」
気持ちはわかる。
一晩中飲んで、締めの風俗にと勢いよく向かったのに、目前で終了となったのだ。
だからといって、やる気は抑えられない。
「ほんとにラストのラストで!」
「ほんとにムリです!」
「これでラストのラストで!ほんとに!」
「いや、ムリです!ほんとに!」
お互いに大声を出して騒いではいるが、半分本気で、半分は冗談である。
店内に入りさえすればラストの客となる、笑ってしまったほうが負け、といったルールが即興でできたようだった。
自動ドアにかかった指を外して「閉めますよ!」と叫びがあって、加勢してした小泉が内側から鍵をかけた。
強制閉店といったところだ。
鍵がかかる音がすると、さすがはサラリーマンである、3人組は「次の店さがそう!」とうなずき合って階段を駆け下りていった。
すぐにチケセン全店に閉店の電話を入れて、女子給を計算。
年末の挨拶くらいは・・・とも思ったが、そんな雰囲気ではない。
支給のタクシー代も合わせて、小泉に待機所まで持っていかせた。
まだ集計が残ってはいるが、女の子を全員とも無事に帰したら今年の営業は終了となる。
その連絡があるまで・・・と待合室のソファーに横になった。
とたんに眠気が襲ってきた。
「なにかあったら起こしてくれ」と久保に声をかけて、だいぶたってから竹山から「全員タクシーで帰しましたよ」という電話もあったが、うっすらと目が覚めて返事をしたただけで起き上がれない。
そのまま寝てしまった。
風俗店にしめ飾りはいらない
翌31日は、大掃除をする予定だった。
集合時間は昼過ぎあたりと曖昧となっていてたが、皆が店に揃ったのは夕方前だった。
自分は待合のソファーで寝ていて、久保は向こうの2人掛けソファーで膝を曲げて寝ていた。
竹山と小泉と西谷は、女の子を全員とも無事に帰してからすぐに待機所で寝たらしい。
営業を終えた風俗店は、即席の生活の場にもなるのだった。
寝れる場所は個室つきでいくらでもある。
シャワーもあるし、タオルも洗面用具もふんだんにある。
客の出入りでごった返していた店のソファーは、今ではくつろぐ場になっている。
プロフィールが並べられていたテーブルには弁当が広がっていた。
集まった皆は、疲れた顔をしていた。
大掃除は中止にしたというより、今年が今日で終わるという気がしないし、そもそもしめ飾りもしないのだから大掃除もいいだろうとなる。
オーナーが到着したところで野郎寿司にいく。
もう、陽が落ちかける頃だった。
それほど寒くはなく、天気もよかった。
歌舞伎町の街路には煽られるような騒がしさがなくなっていた。
酔っ払いの集団はいなくなっていて、コマ劇場の周辺の人通りは急ぎ足が多い。
心なしか空気は冷えてきていたのが、年越しの雰囲気がした。
野郎寿司では特上にぎりが注文されて、各自に大入りが渡された。
12月の月間店落ちは1530万。
大記録だった。
オーナーは予想以上の数字に驚いて、1人10万の大入りを用意したのだった。
で、特上がきたが、またイクラが入ってない。
「何気にぼったくりですねぇ」とオーナーはつぶやいて「イクラ食べるひと!」と訊いた。
全員が手を挙げた。
オーナーは、じゃんじゃんと注文する。
西谷も久保も、ばくばくと食べ続ける。
2人とも年末の働きで1万円昇給した。
真っ先にビールを飲み干した竹山が、女の子の反乱の様子を話して悪態をついた。
でも、これは決して悪口ではない。
小泉が女の子の毒を吐いて、皆で笑いもした。
でも、これも貶めているのでもないし、笑っているほうもそのつもりはない。
女の子の逞しさと頼もしさを見せつけられて、笑って同意をするしかなかったのだった。
店舗型から受付型に形態が変わって最高店落ちを出せたのは、在籍のテキパキと根性があったからなのは、皆が十分に承知していた。
– 2023.06.14 up –