おしゃれから人間関係が透ける
その日は、曇り空だった。
天気予報では、午後から雨。
でも、6時ぐらいになってもなかなか降らない。
ポツリポツリと降ってきたときは、大分暗くなっていた。
皆、足早に駅に向かう。
既に傘をさして歩いている人もいる。
アルタ前広場の鉄柵に腰掛けで「今日はこれであがるか」と考えていた。
雨が降ると、傘で顔が見えなくなるし。
何かとやりづらい。
半日で10人ほど立ち話して電話番号を3人と交換しただけ。
その中、駅のほうから小走りになってくる女のコがいた。
背は結構高い。
髪は茶パツのショートカット。
全体的にセンスの悪いコギャル風のファッションというのか。
腰掛けている自分と目がチラッと合う。
すかさず「ちょっと」と手の平を上げて声だけかける。
彼女は小走りに疲れていたのか、すんなりと足が止まった。
鉄柵から立ち上がり歩を進めた。
一目で風俗やってるな、と感じる。
この通りを1人歩きしてるコは風俗嬢が多い、というのもあるが、彼女は雰囲気があった。
風俗嬢は、プロ意識を持っていたり、目標があって仕事してるコと、風俗しか務まらないから仕事してるコがいる。
前者のコは、たまたま仕事が風俗・・・、というだけで、他の仕事してもそれなりに通用する。
後者のコは、流されやすい、だらしがないコだ。
人間関係を作り上げる、という能力に欠ける。
そして、男性をことさら意識する割にはそれほど大事にされず、同性の女性には嫌われたり軽蔑されたりする。
こういうコが、流行のファッションや化粧をすると、どこかずれたところというのか、人まねっぽいのが目に付く。
というのも、おしゃれはは本人のセンスも必要だが、周りの人間関係からの情報がでかいと思う。
だから、おしゃれがまとまってる場合、そのコの人間関係は良好という見方をしてる。
現にそういうパターンがほとんどだ。
このコは、おしゃれ、表情、ともに、だらしがない風俗嬢がただよっていた。
これは、バシッとぶつけた方がいい。
「今から店?」
「アッ、ハイ」
「雨も降ってきたし、ちょっと聞いてくれる」
「ハア・・・」
顔は普通でブサイクというわけではない。
ただなんと言うか、表情に若さがない。
このタイプは、媒体受けがあまり良くない。
それに、スケジュールで仕事するということができない。
だから仕事がいれにくい。
しかしこういうタイプは、エグい仕事をいれることができれば稼ぐコになる。
ハードSMとか、食糞だとか、強姦や輪姦など、企画によってはダマしダマし廻すことができる。
「AVの事務所だけど」
「AVですか・・・」
「AVだけじゃない。雑誌もあれば、撮影会もある」
「・・・」
「もうどこかに入ってる?」
「ウウン」
首を横に振る。
このタイプでこのリアクションの場合、ごちゃごちゃと説明は必要ない。
どのような内容でもやらせれば素直にする。
多少、強引にでもつれて歩くことができればそれでいい。
「名前なんていうの?」
「あすかです」
「あすかって呼ばせてもらうよ」
「うん・・・」
「店何時から?」
「もう、行かないといけないんですけど・・・」
「そっか。ちょっとだけ、話きいてくれる?」
「ハア」
この場合、即日(面接)がいい。
後日だとおそらく決まらない。
どうやって連れて歩こうか。
「店はヘルス?」
「ウン」
「それだったら、男のチンコ見て驚いちゃう、なんてないね」
「フフ」
「じゃあ、ウチに所属しようか?」
「エッ」
「会社南口だから。時間とらせない」
「・・・」
「・・・」
「でも、わたし、ムリです・・・」
「どうして?聞かせてよ」
「ウーン」
「聞いてみてどうしてもムリだったら、この話ナシにするから」
「・・・」
「オレは大丈夫だから」
「キズがあって・・・」
「エッ、キズぐらいへーきだよ。あー、びっくりした。もっと、とんでもない話かと思った」
「・・・」
「どこにあるの?」
「ムネとか・・・」
「その辺で見せてくれる?」
「・・・」
歌舞伎町の雑居ビルに移動する。
彼女は17歳だった。
来月に18歳の誕生日を迎えるとのことだった。
学校に行ってれば高校3年生の年頃だ。
高校は1年でやめたという。
自分も高校中退者だ。
といっても10年以上も前の話になるが。
高校中退者には少し親近感がわく。
雑居ビルの階段の踊り場で向き合った。
「どの辺り?」といいながら、彼女の服をめくる。
そのとたん、「エッ」とビックリした。
体のあちこちに根性焼きの痕があるからだ。
ムネは大きく谷間があるのだが、そこに8cmほどのミミズ腫れがある。
聞くとそれも根性焼きだという。
ここまでになると、拷問に近い感じだったのではないか。
これはひどい。
「誰にやられた?」
「エッ、カレシ・・・」
「カレシがなんで、こんな事するの?」
「なんか、怒られて・・・」
「カレシは責任とるといってるのか」
「わからない・・・」
「こんなキズつくって、カレシなにも言わないのか?」
「ウン・・・」
「親は知ってるのか?」
「しらない・・・」
「ウチには帰ってないのか」
「親は・・・、見捨ててる感じだから」
「両親は厳しい人だろ?」
「ウン・・・」
彼女のハッキリしない返事。
つい、自分も強い口調に。
彼女は伏目がちになり答えた。
今はおばあちゃんのウチに住んでいる、とのこと。
借金もさせられていた。
彼氏がらみの借金がトイチ。
トイチは弁護士の先生に依頼して金利をはずしてもらい、今は元金を返済してると言う。
カレシは元ホストで、今は無職。
そのような状況だから、彼女には若い溌剌さがないのだろう。
高校中退と家出
自分も高校中退して、16歳で家出してブラブラしていたので、えらそうに人のことはいえない。
10代後半を思い出すと、貧乏で暗かった印象がある。
世の中はバブルの余波で金回りもよく、同世代は希望ある将来で明るかったのに。
少しだけ付き合った年上の女性に「バカでビンボーなガキはイヤなの」とフられたことがある。
17歳のときに森高千里の “ 17歳 ” がよく流れていたが、耳に入る度にムシャクシャした記憶がある。
自分の “ 17歳 ” なんて、あの歌のような美くしさの欠片もなかった。
自分も17歳の時は、このコのような、雰囲気だったのかな・・・とおもう。
でも今思うと、どういう訳か周りの人達は親切にしてくれた。
厳しい両親で考えることがある。
最近、ニュース、新聞で少年の殺人事件や凶悪犯罪で大騒ぎになってる。
「どうせ、ろくでもない親なんだろう」と思ってると、報道される両親のコメントからは、通常の良識のある人間像が感じられる。
多少の違いがあっても、ほとんどが一般的な良識がある大人の人間だと感じる。
自分の両親もそうだった。
16歳の時、友達とやった窃盗事件で警察に捕まった。
パトカーで警察署に連れていかれた。
最初は警官に抵抗し「ぶざけんな!」と怒鳴っていた。
「テメエ・・・」と応じる若い警官を「まあ、まて・・・」と奥から出てきた年配の刑事が制した。
拍子抜けするほど、人のよさそうな顔をした刑事だった。
それから一晩中、窃盗の件も含めていろいろなことを刑事と話した。
朝になり、その年配の刑事はいった。
「おまえ・・・、親ともこんなに話したことないだろ」と。
事実だった。
気のせいか彼の目が潤んだように見えた。
その時、窃盗をしたことを後悔した。
本当に悪いことをしたんだと自覚した。
そんなことを覚えてる。
連絡が家にいくと、父親が迎えにきた。
「お前はなんてことをするんだ」「そんなことしていいのか」と責められた。
それからしばらくして家出した。
以来、実家に顔を見せるのは4年に1度と決めている。
「人には迷惑をかけるな」「きちんとしろ」「親の言う事は聞け」などと、子供のころから言われ続られ周囲の友達と比べてみても厳しく育てられたと思う。
恥ずかしいことだが、30歳を過ぎた今でもそのたびに言われる。
とはいっても両親が言うことは100%正論で間違いはない。
きっと自分に子供ができたら同じ事を言って厳しく育てるだろう。
そうするのが当然だと考えていた。
しかし、その育て方にどこかで自信の無さを感じていたので、結婚も子供も興味がまったくない。
子供を育てる・・・ということに強いプレッシャーを感じる。
そして、智子と知り合ってから考え方が変わった。
智子は自分の両親と1回だけ会ったことがある。
会った後「あなたがなぜ16歳で家出して、未だに両親と寄り付かないのがよく分かる」と言う。
「なんで?」と聞き返した。
「あなたの両親はとてもキチンとしていて、ゆっくりと休める場所を与えてくれないんじゃない?人間ずっとキチンとしてるのはムリでしょう。ホッとして気持ちの休まるところが家庭でしょ。私は自分の子供達が家でキチンとしていなくても、あまりいろいろ言わない。外でキチンとしていれば良いと思ってる。それと、子供達を信じる事で安心を与えるようにしている」
自分でも、なぜ両親のいる実家が嫌なんだろう、と15年以上考えても分からなかった事を、智子はスラスラといってのけた。
事実、智子の2人の子供は立派に育ってる。
それまで、子供にやさしい親はただの過保護だと考えていた。
子供がダメになる、と自分なりに思っていた。
しかし、1から10まで厳しくするのではなく、一定の線を越えた時点で厳しくし、線を越えれば力ずくでも子供を守り、引き戻すのも親だと考えている。
生きていくのに様々な選択肢があり、物事を良い悪いで一概には決める事はできない。
それに、感受性が強い人間だとなおさら物事を深く見てしまう。
だから、親が選択肢を誤った子供に正論だけ言っていると、逆に子供は居場所がなくなり、追い詰められてしまうのではないか。
智子と付き合いそう思った。
濡れた道路に歌舞伎町
それにしても。
ちょっと可哀相になるこのコの表情。
自分は善良な人間ですと正論ばかりいってるだろう、このコの両親になんだか腹が立ってきた。
最終的には自分の頭で考えるしかないのだが、まだ、17歳の女のコなんだから誰かが支えてやってもいいじゃないか。
このコには、誰か、いないのだろうか?
どうして自分が17歳のころは、周りの大人は親切だったのだろう?
もし自分が兄だったら・・・、という気持ちもわいて来た。
しかし、他人の食い物を、自分の善良なだけの感情で動かすわけにはいかない。
誰だって食い物を取られそうになればムキになる。
トラブルに繋がる。
一介のスカウトマンの自分が、この場所で敵を作りたくない。
自分がこのコを動かさなくても、現に今、よってたかって借金しょわされて、男のチンコしゃぶらされ、トイチでむしられ暴力振るわれている。
このコは、自分で納得してるのではなく、素直に言われた事を一生懸命やっているだけだろう。
それだけに、なんだかやりきれなくなってきた。
このコは、どうしたらいいのか?
このコを責めるのは酷だ。
何を責めたらいいのか?
ごく一般的な両親か?
バカなカレシか?
それだったら自分みたいな人間も大差ないだろう。
それとも社会か?
教育か?
ウーン、もっと大きく言えば政治家か?
いや官僚か?
資本主義か?
民主主義か?
自分は無学だからわからない。
「AVはムリだね。わかった」
「ハア・・・」
「店行くんでしょ。悪かったね時間とらせて」
「ハア」
「男は選べよ」
「・・・」
AVに入れ込めば、企画の仕事にはつながるだろう。
でも、「なんだかな・・・」と言う気分だった。
彼女と別れる。
電話番号は交換しなかった。
交換したところで、何もしてやれないからだ。
あのコには、誰か、いないのだろうか?
どうして自分が17歳のころは、周りの大人は親切だったのだろう?
しばらく、暗くなりかけた歌舞伎町を眺めていた。
なんだかムカムカして、鼻息が荒くなってきた。
雨は本降りになっていて、いつもの喧騒と人通りはなくなっていた。
濡れた道路に看板の明かりが映えていた。
何か思い出しそうなこの感じ。
なんだろう。
そうだ『タクシードライバー』だ。
たしか、繁華街の雨模様を『雨は街のゴミをきれいに洗い流す』なんていうフレーズがあった。
ラストシーンは、モヒカンにしたデニーロが売春宿のチンピラを射殺するというシーンだった。
もしあのコが自分の身内だったら、どうしたらいいのだろう。
ピストルとまではいかなくても、モヒカンにして、包丁でもふり回してやろうか。
ホームページで予告したりして。
でも記事にもならないだろうな。
そんなことを考えてから、東口に走った。
– 2002.7.20 up –