レンタルルームの名義人
オーナーと元電車道の緑道で立ちションしていた。
飲んだあとだった。
「ダーさん・・・」
「はい」
「酒グセわるそうですねぇ」
「はい。武勇伝、炸裂してましたね」
ダーさんを交えて、ゴールデン街で飲んだあとだった。
ダーさんは40代後半。
裏DVDとゲーム喫茶で逮捕歴あり。
で、勤めていた闇金事務所が警察から警告を受けて休業していて、現在は無職。
「知ってる店があっからさ」と巻き舌で言い放つダーさんに連れられて、ゴールデン街のバーにいったのだ。
そのバーでダーさんはガハハハッと豪快に笑いながら武勇伝を語る。
オーナーと2人して接待しているような飲みだった。
「ダーさん、家1件分は飲んだっていってましたねぇ」
「ええ。ダーさん、楽しそうでしたね」
「ダーさん、あの感じだと、本当に飲んだのでしょうねぇ」
「ダーさん、300万を1晩でションベンにしてやったって・・・、やっぱ、いるもんですね、そういう人」
ダーさんとは、レンタルルームの物件の賃貸契約の名義人となった山田さん。
さくら通りの前店舗の再オープンとき、自分が名義人となる前に、候補となった人でもある。
ダーさんは、前オーナーのジュンさんからの紹介だった。
義理堅さは保証付きでもあったが、優良店にはそぐわない歌舞伎町の住人丸出しの風体に、平均30代前半の従業員と40代後半のダーさんの世代のバランスもあり、店舗の名義人は丁重に断ったのだった。
そういった経緯もあって、今回のレンタルルームの名義人の話はすぐに決まった。
その日に、レンタルルームとなる物件の賃貸契約を済ませてきたのだった。
内装工事は明日からだ。
完成してからはレンタルルームの届出の名義人ともなり、オープンしてからの運営もある程度は任せる。
新宿警察署へ相談にいったときに『レンタルルームと同じ経営はいけない』と念を押されたので、デリヘル事務所側の代表者として届出する自分は、レンタルルーム側には名前は出せないし出入りもできない。
双方の人的な繋がりを隠す用心のつもりで、レンタルルームのことをオーナーと2人で話すときだけは山田さんを『Y氏』としていて、このまえ軽く飲んだあとにはY氏が『ダーヤマさん』となって、今回の飲みのあとの立ちションで、新たな呼び名が『ダーさん』となんとなく決まったのだった。
「まあ、ダーさんで大丈夫でしょう。ガラはわるいですけど」
「いっちゃいけないですけど、顔が悪人ってだけだとおもいますよ、ダーさんは」
「うん、ジュンさんも見た目はともかく、不義理はしないっていうし。ダーさんは」
「ええ。ダーさんもやる気ですしね」
「ああ、それでジュンさんが、代行もですけど、もし、ダーさんの行儀がわるいってことがあったら注意するっていってました」
「ないとはおもますけど、もし、ヤクザ自慢とか、刺青みせたりがあったら、ダーさんには代行から一言いってもらいますか?」
「そうですね」
「まあ、そのあたり、ダーさんもわかってるとおもうので、余計なことはすることもないでしょうけど」
「そうですね。ダーさんとは、うまくやってください」
「はい」
ジュンさんの保証付きであるし、代行との顔見知りでもあるし、歌舞伎町の住人でもあるから、進んでトラブルは起こさないとはオーナーは感じたのだろう。
飲んでみて、自分もそう感じた。
レンタルルームの収支
立ちションは済んだ。
ヌード劇場の前から区役所通りを歩いた。
「ルームのもうひとりは、ダーさんが連れてくる人でいいかなぁ」
「そのほうが、ダーさんもやりやすいようですし、いいんじゃないですか」
「うん・・・。2人で回せるんですかねぇ」
「ダーさんができるって、あれだけいってますし、任せてもいいかもしれません」
「そのあたりも、ちょっと店側からも様子見てあげてやってください」
「はい」
酒癖がわるくてパンチが強いダーさんではあるが、自分は一緒に仕事がしたいとおもった。
話が早かった。
営業内容を聞いてからは、売上をしっかりと上げて、払うものはきちんと払って、そしたら遠慮なく取り分をもらいますよ、という商売の話が最初からできたからだった。
折りよく自分も、以前からの知人が細々とバイト暮らしをしているというのを高橋から聞いて、それだったらとレンタルルームの名義人を当たってみたのだけど「失敗したらどうするの?」「オーナーが逃げたらどうするの?」「ヤクザがきたらどうするの?」といった質問をもらっただけだった。
バイト暮らしが長い人間には、最初から無理な話だったのだ。
その点、ダーさんは話が早かった。
給料がいくらなのか、休日がどのくらいあるのか、という話を1回も口にしない。
一緒に仕事がしたいと思ったのはそこだった。
これからゼロからはじめる時点で、まず、自身の給料や休日の話からの相手だったら、同等の立場で仕事はできないと自分は思ってしまう。
もちろん、失敗したらどうのこうのとも言わない。
そのときはそのとき考えればいい、という答えを持っているのだろう。
で、レンタルルームの収支である。
単体での収支は厳しいといえた。
前店舗の1日平均30名の入客を基として、45分1000円、60分1500円の利用料金とすると、1日の売上は4万円弱。
30日で120万弱。
主な経費は、タオル代が15万、水道光熱費が15万、人件費が3名で100万だとすると、家賃の45万が出ない。
当然、店の売上と連結して、店側でタオル代と家賃は負担することにはなっていた。
「警察なんて怖くない!」という人の危うさ
ダーさんは、警察をナメてないのもいい。
前科3犯だけある。
『警察なんて怖くない!』と勇ましく口にする者ほど、実は被疑者として扱われたことが1回もないもので、陰気で細かいしつこさがある警察の怖さを感覚として知らない。
こういう勇ましい人と仕事をすると、対警察が緩くなる。
“ 同じ経営はいけない ” への対策は、ダーさんには詳しく説明しなくても伝わった。
デリヘル事務所とレンタルルームの人員の出入りは分けないと提携していると丸わかりとなってしまう、とダーさんには言わなくてもすぐに理解していた。
売上ができるまでの間は、手弁当で手伝うとも申し出てきた。
それは有り難い。
内装工事が完了したら、細々した備品の買出しも設置もある。
すべてを自分と竹山と小泉でやるつもりだったから、ダーさんがやってくれるのなら助かる。
しかし自分ら3人は、普段からオーナーに飲み食いをさせてもらっているので手弁当でもいいけど、ダーさんは違う。
『ありがとうございます』の一言で済ますのはどうしたものだろう。
オーナーも「それはいけません。その分は日当を1万出します」と応えると「それだったら若いのを1人連れてくるから、そいつに日当を出してやってください」となる。
ガラは悪いけど、面倒見は良さそうな人なのだった。
その連れてくる若いのと2人でレンタルルームを回してみる、とも決まったのだった。
ダーさんが人員を1人を連れてきて、レンタルルームの開設から運営までの一切を引き受けると申し出たのは幸運でもあった。
オープンまでよく手伝ってくれたダーさんだったが、結局はその分の日当を受け取ることはなかった。
風俗店の開業資金の内訳
オーナーが腕時計をかざした。
日曜日の20時前。
キャバクラはほとんどの店が休みで、あずま通りには3人ほどの通行人しかいない。
休日が終わったつまらない夜気があって、ダーさんの武勇伝が豪快というよりも諸行無常に響いてくるようだった。
「じゃ、田中くん、どう?」
「はい?」
「おっぱいでも揉んでみる?」
「そうですけど、なんか、ここんとこ大きな支払いがあったあとなんで、今は気が引けます」
「はっはっは、いきたくないの?」
「いきたいか、いきたくないかでいえば・・・、ちょっとだけ、いきたいです」
「じゃ、いこう」
「ほんじゃ、ちょっとだけ。今日は、ちょっとだけ揉むだけにしますんで」
「じゃ、わたしも、ちょっとだけ」
「じゃ、さくら通りのチケセンいきましょう。伊藤博文ってのがいるんで、そいつにポイントつけてやりましょう」
「伊藤博文ですか?」
「ええ、明治の偉人と同姓同名なのに、いらっしゃいませっなんてやってんですよ。アホみたいな顔して」
オーナーは、店を再オープンして売上になるまでに2000万円以上は手出しする。
レンタルルーム開設に975万円。
バスタオルを入れて、フロントにカメラとモニターに椅子などの細々した備品を含めれば1000万となる。
事務所開設も、物件契約から備品と造作も含めれば450万はかかる。
チケセンのパネル代は、翌月分の前払いになるので6件で150万。
高収入求人誌への募集広告にも35万を払っている。
さくら通りの前店舗の空家賃は、前オーナーのジュンさんのはからいで半額となっていたが、2ヶ月分140万をすでに支払っている。
自分には、慰労金も100万も出している。
村井への慰労金は、退職金、結婚祝い、新居祝いなども込みで、その倍以上は出している。
今年の6ヶ月間の営業した実入りは、ほとんど出してしまっている。
それを考えれば、せめて遊興は売上ができるまでは控えたい気持ちがあった。
歌舞伎町のおっぱいパブのシステム
チケセンスタッフ伊藤博文には「ちょっとだけ揉める店で」とリクエストはした。
しかし彼が言うがまま、ちょっとだけ揉めないおっぱいパブに行ってしまった。
そのおっぱいパブの女の子は、クスリでもやっているんじゃないかってくらい「ハイィィィッ」とはっちゃけていたが、それはいい。
こっちも気を遣うことなく毒を吐いて、悪態もつける。
ほとんどのおっぱいパブがそうであるように、女の子とはマンツーマンで話せて揉めるパーテーションがある半個室のボックス席だと思っていたら、その店のレイアウトは違っていた。
4年か5年ほど前にはよくあった、店内の三方の壁面を背にする大きなコの字型のシート席だった。
20分ごとに5分ほどのおっぱいタイムがあり、横並びに座っている他の客に揉みっぷりを披露しながらおっぱいに接するのだが、これも4年か5年ほど前にはよくあったシステムだった。
オーナーは隣に座った。
日曜日の夜で客数は少ない。
見たところ常連らしい客ばかりだったのも、女の子たちがやたら気合が入ったサービス精神を発揮した一因だったのかもしれない。
「このお店はじめて?」などと元気にタイトドレスの女の子がきて隣に座り、こっちも「チンコだすぞ」などとガツガツといく。
やがておっぱいタイムがくると隣に座っている女の子が膝の上にまたがってきて、はだけ出したおっぱいを押し付けられたり揉んでみたり、顔を埋めたり挟んでみたりとなるのが定番なのだが、その日の、その店は違った。
おっぱいを軽くは揉めなかった。
店内に流れていた曲が変わり音量も上がる。
照明が少し落ちる。
ミラーボールには、ハイビームが当てられた。
おっぱいタイムがきたか・・・と大きく息を吸った。
すると女の子は起立して、常連らしい5名ほどの客も全員が起立した。
常連客はすべておじさん。
心なしか意気揚々としている表情。
女の子は、こちらの手を引いてシートから立ち上がらせる。
隣のオーナーも同様に手を引かれて『なんだろう?』という顔をして立ち上がっている。
ここから、なにがどうなっておっぱいを揉むのだろうと突っ立っていると、奥に控えていた6名ほどの女の子までもが総出となってフロアに集まって、はじまった曲に合わせて体を揺らして、リズムをつけながらタイトドレスをはだけさせて、全員がトップレスになった。
トップレスはいいが、曲のイントロは昭和の大ヒット曲『ヤングマン』だった。[編者註68-1]
はて。
ここで西城秀樹とは。
まさかなと様子を見てると、総出の女の子と常連客は、全盛期の秀樹の歌唱に合わせて『ヤングマン』の振り付けを一律にはじめた。
腰を横に振りながら正拳突きする振り付けだ。
この店の名称は『YMCA』という。
チケセンで見た広告パネルには、星条旗のタイトドレスを着用した女の子がおどけたポーズで収まっていた。
アメリカの大学の陽気なノリをイメージした店だと、うっすらと想像していたのだったが、どうやらアメリカは関係ない。
西城秀樹の『ヤングマン』をイメージしている。
昭和を堪能できる店でもあるのだった。
いいのだが、昭和の子供は『ヤングマン』の振り付けはわかるのだが、今はその気分じゃない。
ダーさんの武勇伝に疲れている。
心静かに、ただ、おっぱいを揉みたいときもある。
そんな秋の日曜日の夜ってある。
オーナーも同じ気分だろうけど、相手の女の子の手拍子に促されて、ぎこちなく腰を横に振り正拳突きをしている。
やはり断りきれないのだ。
オーナーは戸惑い気味に正拳突きをしながら、ちらっとに自分に目線を寄こした。
『もう帰りたい』といっている。
この人はそういうノリの人じゃないから、と止めに入りたい。
システムをよく知らなくて間違いでこの店にきてしまった、と止めたい。
「若いうちはやりたいことなんでもできるのさっ」との秀樹の熱唱がイラッとする。
しかしながら、事、ここに到ればやむを得ない。
こういうのは、バカになってやりきるのみ。
自分が2人分、バカになりきって騒ぐことによって、オーナーの気遣いの負担を軽減させようと『ヤングマン』を歌いながらYシャツのボタンを全て外して上半身を露出した。
が、脱ぐのは安直だった。
バカになりきるといっても、なんでもかんでも脱げばいいというものではなかった。
すでにパンティ1枚になって、拳を振り上げて歌って踊っている2人の女の子のうちの1人がやってきて、いたづらの目でベルトに手をかけてきて外して、笑いながらズボンを床まで下ろした。
自分は仕方なく、大人のたしなみのつもりで、ボクサートランクスをケツの割れ目に食い込ませてTバックとして、ガッツポーズで腰をピストンまでした。
気がついたのだが、パンティ1枚の女の子は、盛り上げ役として場を先導するのだ。
おっぱいタイムがはじまってからは、目立ってノリがよさそうな客には、盛り上げ役が先導することによって、トップレスで総出となっている女の子が2人3人と多く付くのだ。
要は、一気に多くのおっぱいに囲まれる。
おっぱいに囲まれるのは楽しいはずだが、今はなんといえばいいのだろう。
「憂鬱など吹き飛ばして君も元気だせよっ」との陽気な秀樹の熱唱で、逆に気分が暗くなりそうになる。
歌唱のサビの部分では、ダブルやトリプルで囲まれた生おっぱいを押し付けられ挟まれする。
それを知る常連客は、盛り上げ役のパンティ1枚の女の子に来てほしいのか、ノリのよさのアピールのために大きく振りをして踊る。
急いでズボンを脱いだおじさんもいる。
大声を出して突き出た腹で踊るブリーフのおじさんの、おっぱいへの執着を感じさせるのが悲しくもあるし、自分だって決してノリがいいほうではないのに、成り行きでおっぱいに囲まれただけだった。
その状況を失敗したというのは、余波がオーナーに向けられたからだった。
自分が脱いで、ボクサートランクスをTバックにしたのが裏目となったのだ。
オーナーについている女の子に勘違いをさせてしまった。
お連れさんが脱いでまで楽しんで踊っているでしょ、こっちだって楽しんで踊れるでしょ、ヤングマン知ってるでしょ、そうすればおっぱいだっていっぱい揉めるじゃない、だっておっぱい大好きなんでしょ、もっとおっぱい揉みたいでしょ、おっぱい揉みにきたんでしょ、とばかりにオーナーに接している。
女の子の「ハイッハイッハイッハイッ!」の手拍子に「ハイッ、いっしょに!!」との叫びに合わせて「ワーイッ、エムシエッ!」と容赦なく振り付けをさせられている。
オーナーにとっては、苦痛なおっぱいタイムなのだろう。
この人はそういうの断れない人なんだからと止めに入りたいが、ここまできたらバカになってやりきるしかない。
おしぼりを股間にいれて、擬似勃起を強調して、笑っている女の子を抱き上げた。
日曜日の夜のコマ劇場の前で
『YMCA』を出てからは、人通りが少ないコマ劇前を、オーナーと無言で歩いていた。
秋の夜風が肌寒い、日曜日の夜だった。
ボリューム大きめの甲高い声の、「入会金無料!1時間、はーっぴゃくえん!」というテレクラのアナウンスが耳に障る。[編者註68-2]
下を向いたオーナーがポツリと言う。
「やっぱり・・・」
「はい」
「おっぱいパブっていうのは・・・」
「はい」
「こっちも、揉むぞって気合が入っているときでないと、逆にやられますね」
「ですね」
「・・・」
「ちょっとだけ揉むって中途半端でしたね、それにマンツーの店だとおもってました」
「・・・」
チケセンに戻って伊藤博文に文句も言いたい気分だが、これは自己責任というやつだろう。
おっぱいは揉めたのだ。
「オカマどう?」とキャッチしてきたエメロンを無視した。[編者註68-3]
「今日はごちそうさまでした。あとはしっかりやります」
「うん」
「半年ですね。半年ちょっとやれば、今回の分は回収できますね」
「うん。まあ、でも・・・」
「はい」
「あれだけ、はっちゃけたんで・・・」
「はい」
「もう、1杯だけ飲んでいきましょうか?」
「いきましょう」
ジュンさんの店に向かった。
前オーナーのジュンさんは、現オーナーの高校の先輩にもなる。
セントラル通りの脇に入った雑居ビルの5階にバーはある。
ドアを開けると、店内には誰もいない。
バーを3件経営しているといっても全ては奥さんの裁量で、ジュンさん自身はそれほどやる気がないようだった。
謝礼10万で、デリヘル事務所の物件の保証人になってくれてはいる。
カウンターの奥に声をかけると、ジュンさんは「はーい」と眠そうに出てきた。
– 2022.11.05 up –